はやぶさ2の偉業を支えるNIPPI 航空機製造の解析技術と一品主義の融合

公開日2022.03.25

「はやぶさ」や「はやぶさ2」で、多くの重要ミッションを陰ながら支えた日本飛行機(NIPPI)のヘリカルスプリング。そもそも1934年に海軍の飛行艇や練習機を製造する航空機会社としてスタートした日本飛行機が、宇宙分野で存在感を示すようになったいきさつはどのようなものだったのでしょうか。そこを探ると見えてくるのは、航空機設計の知見に裏打ちされた解析技術と、すべてがオーダーメード、一品主義である宇宙開発におけるハイレベルなものづくりの融合でした。

国産初のロケット戦闘機「秋水」を開発

航空機ファンならば、「秋水」「赤とんぼ」といった名前を聞けば、身体がグッと前のめりになる人も少なくないでしょう。「秋水」は、国産初のロケット式局地戦闘機(1945年)であり、「赤とんぼ」(九三式陸上中間練習機)は、約2,000機を生産した練習機として知られています(1939~1945年)。

ロケット式局地戦闘機「秋水」
最多生産は通称「赤とんぼ」93式陸上中間練習機

戦後、日本は7年間にわたり航空機事業が禁止されていました。その間、日本飛行機は自動車の整備などでしのぎ、以後、国産旅客機「YS11」のモックアップ製造や航空自衛隊の戦闘機「F-15」のパイロン(主翼の下に誘導弾などを装着する支柱)の生産などを手がけるようになりました。また民間航空機でも、川崎重工のグループ企業として「ボーイング777」や「エアバスA380」などの多くの部品製造を担い、特にCFRP(炭素繊維強化プラスチック)の成形技術のレベルの高さには定評があります。日本飛行機なので「NIPPI」の愛称で知られてもいます。

日本飛行機が宇宙分野に進出したのは1963年のこと。東京大学生産技術研究所が開発していた「Lロケット」の尾翼の製造を担当したのが始まりです。航空機製造で培ったアルミの板金構造に関する解析と製造技術が評価されてのことでした。

その後も、ロケットの尾翼や胴体の製造を担ってきましたが、70年代初頭に大きな変化が訪れます。技術者たちが開発の打ち合わせで足しげく東大に通っていると、研究者から「コイラブルマストと呼ばれる伸展機構があるのだが、NIPPIで作れないか」と持ち掛けられたのでした。

「コイラブルマスト伸展機構」とは、折り畳むことができて留め金を外すと自らするすると伸びていく部品のこと。研究者が日本飛行機に相談を持ち掛けたコイラブルマストは、その後に、日本の宇宙技術のレベルの高さを理学(観測)と工学(衛星開発)の両面から世界に知らしめる磁気圏観測衛星「あけぼの」に搭載される計画のものでした。

コイラブルマストの記念すべき第一号機

オーロラ解明に貢献したコイラブルマスト

磁気圏観測衛星「あけぼの」は、オーロラを発光させる高エネルギー電子が加速されるメカニズムの解明を主な任務として1989年2月に打ち上げられた科学衛星です。オーロラが発光する際のプラズマや磁場、電場、波動などを観測するために「あけぼの」には4本のワイヤアンテナと、2つの磁場センサーの搭載が計画されていました。

特に磁場センサーは、取り付け位置が衛星に近いと衛星本体の磁気の影響を受けて観測精度が悪くなります。そこで2つのセンサーを、5mと3mのマストが伸びる先に取り付けるプランが検討されていました。この2本のマストが、日本飛行機に開発が依頼された「コイラブルマスト伸展機構」です。衛星からは、1本の長さが30mのワイヤアンテナが4本、さらに5mと3mのコイラブルマスト2本が伸びているので、その姿から「花魁かんざし」と呼ばれました。

コイラブルマストによる伸展機構とは、言葉を換えれば、折り畳まれていた素材が自身の力で伸びるつなぎ目のない(ヒンジレス)の伸展機構。日本飛行機は、素材の決定、たたみ込みの仕方などを開発、89年の打ち上げに間に合わせました。

「あけぼの」は初期の想定を上回り2015年4月まで、実に26年の長きにわたって運用され、「地球電離層がオーロラ現象を支配している」「地球の磁場に捉えられる放射線帯(ヴァン・アレン帯)の長周期変動の実証的データの獲得」など、重要な発見や観測の功績をもたらしました。宇宙放射線を浴び続けながらコイラブルマストも長寿命の活動を支えたのでした。

磁気圏観測衛星「あけぼの」(提供:JAXA)

電波望遠鏡による観測を可能にした技術とは?

「あけぼの」のコイラブルマストで示した日本飛行機の宇宙構造物を創る力は、電波天文観測衛星「はるか」で、いよいよ揺るぎないものになります。

1997年2月に打ち上げられた「はるか」は、複数の地上の電波望遠鏡と電波観測衛星が共同して観測する「スペースVLBI(超長基線電波干渉法)」という技術の確立をミッションとしていました。そのために「はるか」は宇宙で、有効開口径が8mとなるパラボラアンテナを展開します。アンテナの鏡面は金属メッシュとケーブルからできており、鏡面は6本の伸展マストで展開されます。この伸展マストの開発と製造を依頼されたのが日本飛行機でした。

パラボラアンテナの展開と運用は、「はるか」のミッションの成否を決定づけるポイントでした。アンテナの鏡面は、1辺が20cmほどの三角形状のケーブルで金属メッシュの反射面を支持しており、ケーブルの総数は約6,000本にもなります。これらのすべてが理想的な長さででき、同じタイミングで伸び縮みできなければ、各接点は理論通りの鏡面を形づくりません。

さらには、製造時の誤差があったり、張力の変化があったり、温度の変化による伸び縮みがあったりすると、ずれが生じます。これらを防ぐためには背面側のケーブルの長さを調節して鏡面の精度をあげていきます。展開する力を強めれば理想的に開くというものでもなく、展開の仕方も含めて実に複雑な試行錯誤、つまり解析作業が続きました。

開発の初期段階では、誰もが「これは開けられない」と諦めムードでした。しかし研究者や日本飛行機などは、伸展マストに「はるか」や他の衛星で培ってきた「自律的に収縮する機構」を加味させ、さらに蓄積した解析技術を駆使して「100%展開」を実現したのでした。

電波天文観測衛星「はるか」(提供:JAXA)
地上での最終アンテナ展開試験風景。各部分の動きを注意深く目視しながら行われた(提供:JAXA)

アイデアがあればとにかくやる!社風

 各種の衛星は小さな形で打ち上げられ、宇宙軌道で太陽電池パネルを広げ、観測機器を外部に出して活動を始めます。つまり伸展機構は、衛星にとって欠かすことのできないツールであり、観測機器がどれほど先端品であっても、それを外部に出したり支えたりする機構部品の安定性と信頼性なくしてはミッションを達成できないのです。

「あけぼの」以後、日本で打ち上げられる伸展機構を備えた衛星で、日本飛行機の伸展機構を装備していない衛星はないと言っても過言ではありません。そうした日本飛行機への信頼の象徴が「はやぶさ2」のサンプラホーン、衝突装置、再突入カプセル放出装置へのヘリカルスプリングの採用であったのです。

はやぶさ2の部品設計を担った宇宙構造設計係の阿部和弘さんは、こう語ります。

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阿部

「アイデアがあればとにかく作ってみる。それを宇宙品質の製品として作り込むことを、高いスキルを持つ設計陣と製造現場が支える。そういう日本飛行機の社風が、他にはできない深くユニークな製品を生み出しているのです」

日本飛行機の厚木工場。航空機からヘリコプターまで幅広い整備事業を担う
日本飛行機の横浜工場。構造部品などの製造を担う
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日本飛行機株式会社
技術・品証本部 技術部 システム設計課 
課長 
淺治 邦裕

高い要求に応えられる試験装置を自社開発できる底力

はやぶさ、はやぶさ2の成功で、日本飛行機の宇宙関連製品としてヘリカルスプリング関連製品にスポットライトがあてられることが多いため、日本飛行機はまるでバネ関連の部品を作っているように見えますが、前出の伸展マストの例で分かる通り、実は、それはほんの一部でしかありません。

信頼性と安定性が高い宇宙部品の開発は、すべてがオーダーメードで、一品主義と呼んでよいほどのものです。それを開発し、製造する技術は、背後に日本飛行機が培ってきた航空機開発と製造の高い解析の技術力があります。はやぶさ以前からCFRP(炭素繊維強化プラスチック)を活用した超低熱歪構造体の設計・製造で科学衛星の高精度の観測性能を支えています。

そして設計から製造、試験、納入までの一貫した機動性を備えていることも当社の強みで、宇宙関連部品の工場では横浜の本社工場内に独自の実験施設も開設しています。

宇宙関連部品は、当然ながら評価試験が非常に厳しく、それに応えられなければなりません。はやぶさ2のヘリカルスプリング開発では、はやぶさに比べ一段と高くなった分離性能に関する評価レベルに応えるため、日本飛行機は、試験装置を独自に開発し、基準をクリアしていることを証明しました。評価する装置を独自に開発できること。それ自体がものづくりのレベルの高さを物語っていると自負しています。

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日本飛行機株式会社 
技術・品証本部 技術部 システム設計課 
宇宙構造設計係 
阿部 和弘

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