かくして北海道新幹線は作られる。知られざる新幹線の開発現場とは

公開日2016.04.30

整備計画の決定から43年、着工から11年。「北海道新幹線」は2016年3月26日に開業しました。
本州と北の大地を時速200kmでつなぐのは、JR北海道仕様のH5系。その第1編成を手掛けた川崎重工のキーマンに、とっておきのインサイドストーリーを訊きました。

北海道は「新幹線時代」へ

列車の寝台に横たえた身体を起こすと、青函トンネルの向こうは雪だった−−そんな経験をしたことのある方もいるのではないでしょうか。北斗星、トワイライトエクスプレス、カシオペア、白鳥、はまなす。平成のはじまりから本州と北海道をつないできた特急・急行列車は令和を目前にして任務を終え、第一線から退きました。そして2016年3月26日、ついに北海道が新幹線時代に突入しました。

悲願の新幹線。そう呼ばれて久しかった北海道新幹線が、北の大地を走っています。北海道新幹線は、東北との広域連携による新しい観光需要創出、悪天候にも左右されない輸送手段の確保、交流人口の増大といった数々の期待を背負って発進しました。空路に比べて環境負荷量が少ない“地球に優しい交通機関”であることも、市民権を得ている理由のひとつでしょう。まず開通したのが、東北新幹線の新青森駅から新函館北斗駅までの全長約149km。最高速度260km/hで走り、東京〜新函館北斗間を最短4時間2分でつなぎます。現在は、東京〜新函館北斗間を10往復、仙台・盛岡・新青森〜新函館北斗間をそれぞれ1往復、1日合計13往復で運行しています。

この北海道新幹線用「H5系」は、特殊な気候条件に対応するよう設計された特別な車両です。H5系のベースとなっているのは、JR東北新幹線向け「E5系」であり、そもそもが雪国仕様となっています。すでに車両下部の電気系統を雪や風から守るカバーや、積雪をはね飛ばすための雪かき(スノープラウ)を“鼻先”に装備するなど、いくつかの寒冷地対策は施されていました。では、H5系が抱える特有の課題とは何だったのでしょう。車両カンパニー 技術本部 設計部 第一設計課 竹廣 伸佳課長に訊くと、「結露、雪、凍結対策の3つが具体的な改善課題になりました」と答えてくれました。結露とはどういうことか。ヒントは青函トンネルにありました。

北海道新幹線の車両には、特別な“強化”が必要とされました。なにしろ日本列島の最北に位置する北海道は、道内全域が豪雪地帯で、比較的暖かい函館でも冬の平均気温はマイナスまで冷え込みます。さらに、日本最長の海底トンネルを越えるというミッションも課されているのです
新青森〜新函館北斗間を結ぶH5系北海道新幹線。「H5系」のHはもちろんHokkaido Railway Company」の頭文字

車体に襲いかかる20℃の寒暖差

北海道新幹線開業当初の運行区間約149kmのうち、約54kmを占めるのが青函トンネルです。海中を走るトンネルの中は、四季を通じて気温20℃、湿度は80〜90%に保たれています。一方、青森や函館は、最寒月の平均気温はマイナス1〜2℃。200km/hを超えるスピードでこの寒暖差にさらされれば、列車には一挙に結露が発生します。そして、再び地上に出れば冷気で結露が凍結。高速で走る新幹線にとって、いかに小さな雪塊や氷であったとしても、それは立派な危険物となり得ます。「特に金属が露出している部分では結露が発生しやすいため、断熱材をきめ細かく貼り合わせ、すき間ができないような対策が取られています」(川崎重工 車両カンパニー 技術本部 設計部 竹廣 伸佳 担当課長)。

凍結対策で重視したのが水回り。寒冷地では水道管の凍結を防止する“水抜き”がよく知られているが、H5系にもその概念が取り入れられています。例えばトイレの排水など、管に残った水が車両基地保管中に凍ってしまうと故障につながります。そこで、水回りの配管にドレーン(排水口)を設けたり、圧縮空気で残った水を吐き出させる、といった仕組みを構築。新幹線の主電源を落としても残り水を吐き出せるよう工夫するなど、安全・安心な定期運行を実現するべく、見えない部分にも微に入り細を穿って配慮を重ねています。

鉄道会社との二人三脚

次世代新幹線導入という巨大プロジェクトには、鉄道会社や車両メーカーをはじめ、無数の人間が関わることになります。今回北海道新幹線の第1編成車両を納入するにあたり、プロジェクトの進行を間近で見守ってきたのが、営業担当者である川崎重工 車両カンパニー 東部営業部 (北海道地区担当) 田原 亮。鉄道会社からの要望や疑問を設計部門に伝え、スムーズな開発をアシストする田原は、顧客の要望を川崎重工の技術でいかに実現するかの最適解を見つけ出していきます。

田原が最も緊張するのは、車両がきちんと作られているのかどうかを途中段階でチェックする「中間検査」、そして納品前の「最終立会検査」であるといいます。「例えば、部品を加工したときの小さな切り粉でも残してしまうと、将来の故障原因になりかねませんので徹底した検査が行われます。それは列車にお乗りいただくお客さまの安全と安心に直結するからです」。 田原の仕事は納品後も終わりません。今後、安全・安心に新幹線を運用するためには入念なメンテナンスが不可欠であり、密接な連携を保ちながら見守り続けていくことが必要となります。鉄道会社と車両メーカーは、いわば二人三脚で前進していくのです。

2014年10月13日に函館港へ到着した北海道新幹線H5系第1編成。台風の影響で風が強まる中、陸揚げ作業は慎重に行われた

計画通りに函館港へ運ぶ一大ミッション

ところで、新幹線は各車両メーカー保有の工場で作られます。例えば川崎重工なら、JR兵庫駅から南へクルマで10分、兵庫運河に沿った兵庫工場が生産現場です。納品先の函館までは直線距離でおよそ1000km。完成ほやほやの車両は神戸港から船積みされて、太平洋岸を3日間かけてはるか北の地を目指すことになります。輸送ひとつとっても一大ミッションなのです。この一連を担当した川重車両コンポ株式会社 運輸部 輸送課の前田 力 課長は「1両で数十トンの重さがある完成車両の輸送では細心の対応が求められ、まさに擦り傷ひとつもつけてはなりません」と語ります。

北海道新幹線の記念すべき第1編成となる10両は、2014年10月に工場から出荷。10月13日に函館港で予定されていた「陸揚げ・歓迎セレモニー」に間に合うように運び込まれる算段となっていました。しかし、「思わぬハプニングが起きました」(前田課長)。

兵庫工場から函館港まで、海上輸送で3日はかかります。そのため、兵庫工場では余裕をもって8日からはしけへの積み込み作業に着手していました。しかし、10月3日に台風19号がマーシャル諸島付近で発生、同年最強の台風に発達しながら南西諸島へと迫っていました。九州から兵庫、そして太平洋岸に沿って日本を縦断する予想進路図の予報円は、H5系車両の海上輸送ルートを覆っています。

「車両は神戸港で輸送船に積み替えられましたが、潮岬を経由して太平洋岸を北上する航路では台風に追撃される可能性がありました」。そこで急遽、瀬戸内海から山口県・関門海峡を抜け、日本海を北上するというルートを採用。「13日のセレモニーに間に合うのか内心では冷や冷やでした」(前田課長)。

10月13日、歓迎式典まであと7時間。関係者が今か今かと待ち受ける函館港へ、ついに完成車両を積んだ船が到着。台風の影響で時折強めの風が吹く中、慎重に陸揚げ作業が進められ、まずは31トンある先頭車両が無事に上陸しました。もちろん、傷ひとつ無く。「腰が抜けるぐらいにホッとしました」と前田課長は笑います。

陸揚げ後も車両に休む暇はありません。七飯町にある函館総合車両基地※1 に陸送され、12月1日からは走行試験のスタート。安全と安心を運ぶための走行試験は、開業を迎えるその日まで、休むことなく幾度も幾度も繰り返されました。

※1 現在の正式名称は函館新幹線総合車両所

北海道・札幌と九州・鹿児島が新幹線でつながる明日

ところで、北海道新幹線といえば上段・中段・下段が塗り分けられた鮮やかな3色構成が特徴的。これは「Prologue of the North Experience」をキーワードに考案された、北海道への旅の序章を想わせる配色なのだといいます。ボディ上部にE5系と同じ常磐グリーン、中央にライラックやルピナス、ラベンダーといった北海道の花々をイメージした彩香パープルのベルトライン、そしてボディ下部には気品ある飛雲ホワイトが組み合わされています。さらに1・3・5・7・10号車の車体側方にあしらわれたシンボルマークは、北海道に飛来する「シロハヤブサ」と雄大な北の大地をモチーフに生みだされました。車内にも、縄文土器の文様やアイヌ文様、雪の結晶、流氷など、北海道らしいアイコンをヒントにしたデザインが各所に使われています。

「定刻の午前6時35分、新函館北斗発の上り一番列車は定員731人を乗せ、新函館北斗駅の鳴海正駅長の合図とともに出発。東京へ向かって滑るように走り出した」(『日本経済新聞』電子版 2016年3月26日)※2

2016年3月26日早朝、快晴でも気温は氷点下の新函館北斗駅ホームは、旗を手にした多くの人々で埋め尽くされていました。白い息を吐く子供たちの目は爛々と輝き、誰もが一様に明るい表情をしています。3色に塗り分けられたぴかぴかの車両が静かに発進すると、「動いた!」「おおっ」とあちこちから声があがります。冬の朝陽を浴びてキラキラ光る車体は、人々の歓声と拍手に見送られながら、みるみるうちに小さくなっていきました。まるで大空を滑空するハヤブサみたいに。

北海道新幹線のおかげで、東北と北海道の距離は一気に縮まりました。しかし計画はまだ途上にあります。すでに札幌への延伸工事が進められており、予定通りに進めば、2030年度末には新函館北斗から札幌間の約212kmが開業し、ついに北海道の中心都市から九州・鹿児島までつながる“列島縦断新幹線網”が完成するのです。川崎重工の技術は、その夢の実現につながっています。

※2 日経新聞電子版2016年3月26日付「北海道新幹線が開業 東京行き一番列車出発」参照

関東・東北圏と直結する北海道の大動脈として開業した北海道新幹線。津軽・北海道という積雪・寒冷の厳しいエリアでの高速走行に加え、海底の青函トンネル走行など、ほかの新幹線とは異なる特殊な環境下で運用されることから、構造側・車両側それぞれには徹底した対策が講じられてきました。そして、その車両側の安全を、技術面から支えているのが川崎重工です。開発から製造、納品まではもちろん、これから長く続くメンテナンスまで、それぞれのプロセスに各部門のプロフェッショナルが密に寄り添うことで、川崎重工は新幹線の安全を日々守っているのです。

H5系北海道新幹線ができるまで

01 構体製作・組立

写真は「台枠」と呼ばれる車両の土台で、ここに壁や屋根を結合した六面体の箱を鉄道車両では「構体(こうたい)」と呼び、自動車でいうボディ部分に相当します。先頭車両の「構体」は、美しく曲げ加工されたノーズ部分と溶接され、新幹線における特徴的な“顔”が完成します。

02 塗装

構体を染める朱色の塗装の正体は、さび止め剤。現代の新幹線の車体はアルミ材を使っているため、腐食を抑えるためにさび止めが必要となります。
さび止め剤が乾いたら、最後の塗装プロセスへ突入。1両あたり9日間を費やして、H5系の特徴である3色構成のカラーリングが完成します。

03 艤装

電装系や水回りなど、実際に新幹線を動かし、使うために必要な配線・配管・部品を装備する「艤装(ぎそう)作業」。床下などの見えない部分から、お客様の目に触れる内装材まで、各“器官”が取り付けられていきます。

04 台車入れ作業

車体を支え、車輪で新幹線を動かす台車。電動機や駆動装置、基礎ブレーキ装置などが取り付けられたいわゆるシャシー部分であり、ここでボディとはじめて一体化されます。①車体をジャッキアップし、②その下へ台車を滑りこませ、③車体を降ろして組み込み、という順序で行ないます。

05 完成検査

H5系新幹線が完成。ここから、設計通りに設備や機器の機能が発揮できるかどうかが厳しい目でチェックされます。

06 機能試験・構内走行

兵庫工場内にあるテストコースで、車両の試験走行を実施します。走りや機器動作に問題がないと確認されたら、いよいよ工場を出発して出荷へ。

環境と経済に優しい新幹線

交通・運輸分野に強い英国生まれのジャーナリスト、クリスティアン・ウォルマーは著書『世界鉄道史 血と鉄と金の世界変革』(河出書房新社)の中で、ある経済学者の引用として次のように記しています。

「日本の高速鉄道は、輸送コスト引き下げと、原油輸入量の抑制に大きな役割を果たしている。<国際応用システム分析学会>によれば、同じルートを飛ぶ航空機とくらべた場合、<新幹線>は労働効率の面では3倍近くも生産性が高く、設備投資の面では5倍、消費エネルギーの面では8倍も効率が高いのである」

また、日本政策投資銀行北海道支店は、北海道新幹線開業以降、在来線時代と比べて来道者数が大幅に増加し、旺盛な観光需要を喚起していると指摘。同支店は開業前、道内への経済波及効果は年間約136億円と推定していましたが、開業初年度時点で、直接効果(他地域からの流入客が消費する経済効果)が204億円、間接一次効果(直接効果に伴い道内生産が誘発される効果)が90億円、間接二次効果(雇用者所得の増加などにより誘発される効果)が56億円と計上。北海道新幹線開業に伴う経済波及効果は合計350億円と、試算を大きく上回る数字を明示しています。

川崎重工業株式会社
車両カンパニー技術本部長
准執行役員
寺井 淳一

お客さまと共に創る。それが世界の鉄道会社からも評価されています。

欧米では鉄道車両メーカーが製品として車両をつくり、それを鉄道会社が購入するパターンがほとんどですが、日本では鉄道会社と車両メーカーが綿密に技術検証や仕様の詰めを重ね、いわば「お客さまとの共同創造品」として車両製造が続けられています。納入車両にトラブルがあると「日本のメーカーからは真っ先にエンジニアが飛んでくるが、欧米のメーカーからは弁護士が飛んでくる」というジョークがあるほど、日本の車両製造はお客さま本位で進められています。

今回の北海道新幹線H5系の開発でも、川崎重工はJR北海道様と共に将来の札幌への延伸や、そこで新たに浮かび上がるであろう課題なども含めて車両開発を進めてきました。

川崎重工の鉄道車両事業は、アメリカではニューヨークやワシントン、ボストンなどの主要交通局から多くの鉄道車両を受注しています。またアジアでは台湾やシンガポールでも大型受注を得ています。これらの実績は、日本の車両づくりを通じて鍛えられた共同開発の姿勢が、海外でも着実に評価されてのものでした。

現在、鉄道車両、特に高速車両は、新しい技術レベルに入ろうとしています。すでに時速320㎞で運行されている車両もあり、さらなる高速運行を実現するには車両の先端形状や車体形状、モータやブレーキなどの開発に最先端の知見が必要です。そのためには、川崎重工の頭脳集団である本社組織の技術開発本部と連携しながら、航空機開発で培った空力解析技術などの社内の技術シナジーを生かして、総合重工のなかの鉄道車両メーカーとしての強みを発揮していきます。さらには、神戸市にある「スーパーコンピュータ京」を地元の利を生かして活用するなど、他の鉄道車両メーカーとの差別化を図っていく考えです。

川崎重工業株式会社
車両カンパニー 技術本部
設計部 第一設計課
担当課長
竹廣 伸佳
川崎重工業株式会社
車両カンパニー 東部営業部
(北海道地区担当)
田原 亮
川重車両コンポ株式会社
運輸部 輸送課
課長
前田 力

※文中に登場する数値・所属などは2016年4月の情報です。

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