HySE-X1 /ダカールラリー2024に水素エンジンで挑んだ開発者たち

公開日2024.03.29

2024年1月、サウジアラビアで開催されたダカールラリーに、カワサキモータースと川崎重工が参画する小型水素モビリティ・エンジン研究組合「HySE」の水素エンジンバギー「HySE-X1」が参加。ダカールラリー初挑戦ながら、最終ステージまで走破することができました。その心臓部にはカワサキモータースのNinja H2シリーズ用スーパーチャージドエンジンをベースとした水素エンジンが搭載されていました。

HySE設立から約半年、出場発表からわずか3ヶ月でレース本番を迎えるという短期間で準備されたHySE-X1。カワサキのプロジェクトメンバーから、ダカールラリー参加と水素エンジン搭載への裏側を聞いてみました。

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松田 義基 氏
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川崎重工で新事業開発を率いると同時に、カワサキモータースの水素戦略を担当。またHySEの副理事長も務める

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藤原 宏洋 氏
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カワサキモータース、第一実験部。市販車両および先行開発車両のエンジン開発実験を担当。HySEでもエンジンの実験を行い、エンジンメカニックとしてダカールラリーに帯同

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大守 美潮 氏
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カワサキモータース、先行開発部。水素エンジンの開発と設計を行う。HySEでは、Ninja H2用スーパーチャージドエンジンをベースに水素エンジンの研究を行っている

まだ分からないことが多い水素エンジン
その謎を解くためにダカールに行く

ダカールラリーに参加し、最終ステージまで走破したHySE-X1。
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松田

HySE起ち上げの少し前に、カワサキモータースが単独で開発を進めていた水素エンジンのテストがありました。私はそのテストの陣中見舞いに行って、とある夕食の席で開発チームに“ダカールに行こう!”なんて発破を掛けました。その席では皆“行きましょー”なんて盛り上がっていましたが、本当にダカールラリーに行っちゃったね(笑)。

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藤原

はい、よく覚えています。僕も“行きましょー”と言いましたが、それが実現するとは思ってもいませんでした。
そもそも、どうやってMission 1000への参加が決まったのですか。

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松田

2023年6月に、フランス・パリにあるダカールラリー主催団体のA.S.O(Amaury Sport Organisation)を訪ね、HySEとその活動を説明しました。そのときに、A.S.OにHySEの活動を高く評価していただきました。また同時に、2024年から始まるMission 1000にHySEが参加するなら、A.S.Oとして協力するという言葉もいただきました。

そしてその足でベルギーに向かい、川崎重工とともにトヨタ自動車(HySE特別組合員)のダカールラリー参加パートナー企業であるオーバードライブレーシング社(以下、OD社)に行きました。私はもともと、MotoGPやスーパースポーツモデルの車両開発なども担当していたので、参加計画を相談しながらファクトリーを見せてもらい、これは行けると確信しました。そして日本に帰ってきてMission 1000の具体的な参加計画を作り、HySEの中で「ダカールに行きましょう!」と提案しました。

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藤原

Ninja H2シリーズ用エンジンをベースにHySE-X1用水素エンジンを作って、試験運転したのが9月末でした。そのエンジンをOD社に送って専用の車体に搭載し、初走行したのが11月の中旬。エンジン自体は順調でした。しかし駆動方式にはバイクと同じようにチェーンを採用していたので、チェーンがバギーの車重に耐え切れず500m走るたびに切れてまともに走れないという想定外な問題が発覚し、それを解決するにはギア駆動に改造するしかないという結論でした。

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大守

私は現地テストには参加できなかったのですが、テスト状況は毎日レポートで確認していました。その状況を見て、いよいよ日本に残ったメンバーでなにか解決策を検討した方が良いかもしれないと思い始めたときに、現地側からギア駆動の提案が来たのでホッとしたことを覚えています。

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藤原

ただ駆動ギアが完成するのが遅くなって、初試験はダカールラリーのスタート直前の現地。もうドキドキでした。うまくいって本当に良かったです…。

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松田

カワサキモータースで先行開発していた水素エンジンを、HySE-X1用に造り替えるのも大変だったと思います。

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大守

カワサキモータースでは、独自にモーターサイクル等への適用を目指して水素エンジンを開発し、すでにさまざまなテストも実施していました。しかしHySEとしてMission 1000に参加するにあたり、HySE-X1専用のECU※1を造る必要がありました。

そしてそのECUの改良を、ヤマハ発動機のエンジンベンチ※2施設を使って行うことになりました。それも緊張しましたね…他メーカーの施設を使う経験なんてなかったので、楽しみでもありましたけど。

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藤原

あと、水素エンジンのインジェクター(電子制御燃料噴射システム)を動かすのも大変なんです。水素は高圧で保管貯蔵されているため、燃料としてシリンダー内に充填させるには、高圧力を維持した状態でインジェクターから噴霧する必要があります。それを実現するためのシステムは複雑で、高い電圧も必要なので大量の電気を消費します。

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大守

今回の水素エンジンは、インジェクターを介して燃焼室に燃料を直接噴霧する、直噴というシステムを採用しました。ガソリンと気体水素の燃焼の違いは解析上でも理解していましたが、ガソリンエンジンで蓄積した経験や知識がまるで使えないほど、水素の燃焼特性はガソリンと大きく違っていたことには驚きました。その結果、テスト段階から異常燃焼が頻繁に起こったり、エンジンを高回転まで回せなかったりと言った症状が出ました。普段の開発では、その分からない領域を解明していくところが面白いのですが、今回はそれを楽しんでいる余裕はありませんでした。

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藤原

異常燃焼が出れば、燃料の噴射時間や点火タイミング、ECUのデータなどを変更しながら、さまざまなエンジン回転数やスロットル開度で改善を進めていく。そして、ダカールで走れるパッケージを作っていくという作業を繰り返していました。

※1 Engine Control Unitの略称。エンジンの電子制御を担う装置。

※2 エンジン単体で性能評価検証を行う試験装置。

HySE-X1搭載エンジンのベースとなった、カワサキのモーターサイクル用水素エンジン。
HySE-X1搭載エンジンのベースとなった、カワサキのモーターサイクル用水素エンジン

良いことも悪いことも、予想外が起きる
それこそがダカールラリー参加の意義

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藤原

サウジアラビアに渡る前のエンジンベンチテストで、異常燃焼が出ないようなセッティングを造ったのですが、いざMission 1000がスタートしコースを走らせると出たんです、異常燃焼が。他にも燃焼が不安定になるなど、想定外のことが出始めました。

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松田

ダカールラリーに行ったそもそもの目的も、研究です。我々は、ガソリンエンジンの開発では知見があり、それをもとに水素エンジンにおける研究テーマを決めています。でも過酷な環境下で水素エンジンを搭載した研究車両を走らせれば、想定外のトラブルなんてしょっちゅう起こる。その想定外こそがMission 1000参加の大きな意味です。

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藤原

1日の走行距離も、机上の想定では実現不可能だとされていました。

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松田

Mission 1000とは、主催者が設定した1日約100kmのコースを連ね、最大で10日間1,000kmを走行します。でもHySE-X1は1回の走行で100kmを走りきることはできないとされていました。計算上での航続距離は50kmほどでしたから。そこで主催者と事前に相談して、日々のゴール地点の40〜50km手前まで車両を運び、そこからスタートしてゴールを目指すつもりでした。

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藤原

でも不思議なことに、現地で実際走ってみると1日100kmを走りきることができました。その理由は、今はまだ分かっていません。今後、エンジンのデータを分析して、机上計算よりも航続距離が伸びた理由を解明していく予定です。

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大守

そういう、良いことも悪いことも想定外のことが起きると、何でだろう、と理由を考える。そこからが開発のスタートです。

藤原さんはHySEダカールチームに帯同し、メカニックとして活躍。
藤原さんはHySEダカールチームに帯同し、メカニックとして活躍。

専用設計エンジンでさらにパワーアップ
エンジニアの夢は広がる

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大守

今回のHySE-X1への取組みは時間的な制約があったので、既存の技術やアイテムを使って何とか間に合わせるしかありませんでした。ただ次回に向けて今から準備が出来るなら、ハード面を変えるなどして、エンジンの出力特性の向上を図るなど、もうちょっと使える領域を増やせることができるのではないかと考えています。

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藤原

ダカールラリーを走るなら、エンジンが壊れてこそ意味があると考えていました。しかし今年は、大きなトラブルなく走りきってしまいました。ですから次回も参加できるなら、もう少し攻め込んだ仕様のエンジンを造り、それを計算上では壊れてしまうような領域で走らせたいと考えています。それによって水素エンジンの可能性をもっと知ることが出来ますから。

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松田

確実な走行をしていても、開発は進みません。ちょっとだけ無理や無茶がないと、自分を含めてエンジニアは力を出せないし、前進できない。周りに無理でしょうって言われているくらいが、ちょうどいいんですよ。

いまHySEは、日本のメーカーだけの組織ですが、カーボンニュートラルは世界中で取り組むべき課題。だから世界中で仲間を作ることが大切です。しかもいい仲間を作ると研究がドンドン前に進みます。それこそがHySEの目的です。そしてそれを実現するためのダカール参加です。実際に、海外企業からHySEに参画したいという打診が多数ありました。そこも狙い通りです。

ダカールラリー、セレモニアルスタート時の記念写真。松田さんと藤原さんの姿も見える。
ダカールラリー、セレモニアルスタート時の記念写真。松田さんと藤原さんの姿も見える。
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松田

ダカールに参加するのは、とても大変なことです。だからチームには、良い意味での無理をして欲しい。簡単なことをやっていたら意味がないですから。ブレイクスルーがないと研究は前に進みません。そしてそのブレイクスルーに必要なものは喜怒哀楽です。僕はいつも開発者には、仕事で感動して欲しいと思っています。

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藤原

2年前にはじめて水素エンジンのエンジンを掛けて、たった2年でダカールの舞台で100kmを超える走行が出来るなんて、その進化のスピードに対して、我ながら驚いています。また同時に、水素エンジンそのものの進化も実感しています。HySEが大きくなれば、その進化のスピードも加速すると思います。そして水素エンジンが、実用化につながっていくのだろうという実感も湧いてきました。

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松田

じゃあHySE内で次のダカールへの提案として、燃費はそのままで1.5倍のパワーを出そうって言ってみようか。

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大守

うーん、実現できる方法を考えてみます(笑)

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