サステナブルな下水処理場への挑戦。川崎重工の技術革新に迫る

公開日2020.10.31

人が生きる上で欠かせない、かけがえのない水資源。国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」においても、水とエネルギーに関する目標が掲げられており、省エネルギーに貢献し、持続可能な水インフラへの取り組みが始まっています。その鍵のひとつと言えるのが下水処理です。
世界の下水処理施設におけるエネルギー効率の改善をめざす川崎重工。独自の先進技術「メガMAGターボ」でサステナブルな未来を切り拓きます。

下水処理の消費電力削減に大きく貢献。川崎重工のブロワ「MAGターボ」

下水処理場では、日本国内の電力の約0.7%(2018年度統計)をも消費しています。

下水処理の方法として、日本では主に「活性汚泥法」が用いられていますが、この手法は1914年、イギリスにおいて世界で初めて導入された手法です。微生物が入った汚泥と下水をかき混ぜ、下水中の有機物を微生物が食べて増殖することで、きれいな水に変えます。下水処理場の「生物反応槽」というプールにいる微生物を空気によって活性化させます。そして、空気をプールに送るために重要な役割を担うのが「曝気用送風機(ブロワ)」。下水処理における電力消費の6割が、このブロワで消費されているのです。

下水処理の流れ

「活性汚泥法」の技術発展と共にブロワの機能も発展を遂げました。下水量に応じた微生物を活性化させる風量の調整、長期間の安定的な稼働などです。だが、消費電力の多さが課題として残されていました。この課題解決に向けて技術革新をもたらしたのが、川崎重工の「磁気軸受型高効率曝気ブロワ(MAGターボ)」です。

「MAGターボ」は、モータを駆動する電源周波数や電圧を変化させて速度制御を行う「インバータ制御式」を採用。高速電動機の軸端に羽根車を取り付け、電磁力でロータを浮上させて高速回転させ、圧縮空気を送り出す仕組みです。ロータが浮くことで機械的な接触がなく、高速回転保護のために必要な軸受や潤滑油システムなどの付帯設備が不要となります。

機械ロスを極少化させることで、消費電力量の15~30%の削減につながりました。「MAGターボ」は2004年の初号機の納入以来、200台以上の受注台数を数え、2020年度までの5年間では国内曝気ブロワ市場におけるトータルシェアは約5割を占めています。納入された「MAGターボ」により、概算で毎年5万トンものCO2削減に貢献しています。

Kawasaki Remote Service
Kawasaki: new model of aeration blower with magnetic bearing "MAG Turbo"

下水処理施設の老朽化問題に光を投じる、電力消費と建設コストを抑える「メガMAGターボ」

いま、国内外を問わず施設の老朽化問題が深刻化している中で、高効率な装置による更新費用と運営費用の削減は、世界共通の課題と言えます。そのひとつのソリューションとして、川崎重工が大型下水処理場向けに開発したのが、磁気軸受型ブロワでは世界最大級の出力規模を誇る「メガMAGターボ」です。

「MAGターボ」とは、磁気軸受(MAGnetic bearing)と回転式送風機(Turbo Blower)からの造語ですが、それに「メガ(Mega)」という冠を付けたのが「メガMAGターボ」です。従来のMAGターボの最大機でもモータの最大出力は400kWですが、「メガMAGターボM55」は1,300kWで、メガ(百万)の単位を超えました。これに伴い、吐き出し風量は毎分300m3から900m3に増え、吐出圧力も80kPaから100kPaに増強されています。

羽根車(インペラ)を回す高速電動機とロータは、ロータ単体だけでも重さが700kgもあり、MAGターボの最大機の5倍以上にもなります。これを3ヵ所の軸受にある10個の電磁石で浮上させます。軸振動の幅はわずか20µm程度です。

川崎重工 エネルギー・環境プラントカンパニーの竹村 聡一郎主事は語ります。「これだけ重いシャフトを、20µmの幅で安定して浮上させ、かつ1分間に1万1,500回転もさせるには、磁気軸受の電磁石の吸引力を大きくするだけでなく、磁気軸受制御を行う制御機器や制御システムの技術開発も必要でした」。

磁気軸受では、数ヵ所に配置された位置センサが、X・Y・Zの各座標軸に対するロータの位置を常に把握し、磁気軸受に対する電流値を制御することでロータを基準位置に保っています。「フィードバック制御」と呼ばれるもので、1秒間に1万回のレベルで位置情報を把握し、制御しています。これを大出力の高速電動機でも制御できる技術を開発したのです。

それと併せて重要な見直しを行ったのが、空気を圧縮するインペラ(羽根車)です。初代のインペラは、半世紀も前に川崎重工が自社開発したものですが、その形状や空気流路の設計は、常に最先端の技術で進化し続けています。

川崎重工 エネルギー・環境プラントカンパニーの橋本基幹職は、「M55では比較的低い回転速度でも高圧力と高効率が両立するよう、遺伝的アルゴリズムという解析手法を駆使して最適な形状探索を行いました」と打ち明けます。そのうえで、吐出圧力が100kPaに近づくと圧縮熱によりインペラ温度が上がるため、高温度でも強度が確保できるようなアルミ合金を採用しています。

インペラの前の空気入り口には扇型の羽根を開閉して旋回流をつくるインレットベーンがあり、その制御に加えインバータで最適形状の回転制御をすることにより、広い範囲で高効率に風量を制御することができ、フル稼働時でなくても能力を発揮する高い部分負荷効率を両立させています。

例えば単位風量(1m3)当たりの空気を60kPaまで昇圧する電気代を指標とすれば、従来型の大容量機と比べて約20%も削減できる運転結果も得られました。また同じ容量の圧縮空気を得るための装置スペースと比較すれば、半分ほどで済みます。大型機なのに省エネと省スペースという特徴を実現したのです。

橋本は、「磁気軸受という原理は同じでも、これまでの実績を大幅に超えた大容量モータに適用するには、機械部門と電気部門が一体になりゼロからの見直しが必要でした。とはいえ高価格ではビジネスとして成立しません。磁気軸受の設計や製造方法の再検討で大型化とコストレベルの両立を追求しました」と語ります。

福岡県下水道管理センター御笠川浄化センターでは、メガMAGターボが実負荷運転中である。

2019年11月から、「メガMAGターボ」は福岡県の御笠川浄化センターで実負荷運転されました。日量約30万m3の汚水処理を可能とする、九州屈指の大規模下水処理場である同センターでは、中型のブロワ2台に代わって「メガMAGターボ M55」を実負荷運転しています。電力消費量の削減だけでなく、設置スペースが小さいため建設コストの削減も実現しました。

さらに2021年5月、「メガMAGターボ M55」は、ロシアの大型下水処理場に納入されました。1日に300万m3の汚水を処理できる欧州最大級の下水処理場です(東京都で最大の下水処理場である森ヶ崎水再生センターの処理量は約114万m3)。この大型処理場で、計8台の「メガMAGターボ M55」が導入され、運転を開始する予定です。

「メガMAGターボ M55」。試験中の装置は、ロシアの下水処理場向けのもの。 
写真左手奥に見えるのがM55、手前右側はM25。川崎重工は、すべての部品を自社製とした「第2世代」のMAGターボを2007年から投入。メガMAGターボは、厳密には「第3世代」になる。 

メガ出力でロータを回し大風量を生み出す「メガMAGターボ」

「MAGターボ」の進化はさらに続きます。「メガMAGターボ」を軸にした下水コージェネレーションシステムの国際実証調査が、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と共に始まっています。下水処理過程で発生する下水汚泥は燃料・肥料として高いポテンシャルを有しています。例えば、クリーンエネルギーである天然ガスと処理場から発生するバイオガスを「ガスタービン」発電設備の燃料として使います。発電された電力はブロワ用として使い、発生した熱は汚泥の乾燥用とします。つまり「電気+熱+空気」を賄うエコシステムを構築することも可能になるのです。

大阪市の下水道運営ノウハウを古都サンクトペテルブルクへ

下水道施設の運営で歴史もあり、優れたノウハウを持つ大阪市は、その技術の国際的な展開を目指して活動を続けています。ロシアのサンクトペテルブルク市とは、姉妹都市の関係でもあり、2015年には上下水道分野での技術交流に関する覚書を締結。毎年、技術交流を進めながら同市の上下水道整備・近代化計画を支援しています。川崎重工も下水道関連の技術交流に参加しており、「その高い技術力と市場開拓に対する熱いパワーが交流を後押ししてくれています。サンクトペテルブルク市の現場責任者が時間を過ぎても質問を重ねていた光景がとても印象的でした」(大阪市)といった評価を得ています。

国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」では、第6番「全ての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する」、第7番「すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへの利用を確保する」と掲げています。

下水処理場における省エネルギー推進、下水汚泥のエネルギー利用と、何よりもきれいな水を暮らしに届ける川崎重工の技術は、まさにSDGsの水とエネルギーの目標達成をリードする存在として技術革新を続け、お客さまや社会の課題を解決。サステナブルな水インフラの構築に貢献していきます。

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経済産業省 製造産業局
国際プラント・インフラシステム・水ビジネス推進室長
笠井 康広

質の高い水インフラを世界に。2021年度北米MAGターボ第1号受注への期待。

政府は、2020年に約30兆円のインフラシステム受注を目標とする、インフラシステム輸出戦略を2013年に策定しています。「官民一体となった競争力強化」、「受注獲得に向けた戦略的取組」、「質の高いインフラの推進」、「幅広いインフラ分野への取組」の四本柱の下、支援策の改善・拡充により2018年には受注実績が25兆円にまで増加するなど、一定の成果を上げています。

経済産業省では、トップセールスや政府間対話、事業実施可能性調査(Feasibility Study)、人材育成など、さまざまな政策ツールを活用し、日本の技術に対する相手国の理解促進に向けて積極的に取り組んでいます。

その一環として、「質の高いエネルギーインフラの海外展開支援に向けた事業実施可能性調査事業」を実施していますが、2019年度と2020年度には川崎重工の大出力磁気浮上式MAGターボの米国市場における事業化導入調査を支援しています。具体的には、北米に100ヵ所以上ある下水処理場を川崎重工にとっての潜在顧客と捉え、マーケティング分析や現地アフターサービスパートナーの絞り込み、北米実機稼働計画などに取り組む調査であり、2021年度以降の案件組成へと繋げる、いわば川崎重工のインフラ輸出戦略ともいうべき取り組みと考えています。

欧州に次ぐ規模を誇る北米の水ビジネス市場(2016年約18兆円)における、日本企業の占有率は0.1%と限定的ですが、下水処理施設の老朽化に伴う設備更新や、水資源が少ないことによる再生水の飲用水化のニーズなどが高まっていることから、日本企業が参入するチャンスは大きいのではないでしょうか。

この市場への日本企業の参入に向けて、引き続き事業実施可能性調査を通じて日本企業のプレゼンスを高めると共に、国際イベント等を活用した情報発信など、官民が一体となって日本の企業の技術力をアピールしていきます。

今、足元では新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を機に、従来とは異なるインフラニーズに応えるための新たな展開が求められています。具体的には、デジタル化をはじめとする社会の変革がより一層加速する中、水インフラ分野では、根幹となる公衆衛生の更なる向上や、非接触・リモートでの監視・管理技術の普及が必要となっており、このような分野においても、日本の水インフラ企業の商機拡大や競争力向上を強力に支援したいと考えています。

こうした意味でも、新しい時代におけるインフラ輸出の象徴のひとつとして、2021年度に北米での「MAGターボ」受注第1号が実現することを期待しています。

※出所:経済産業省公表「海外展開戦略(水)」(2018年7月)

※文中に登場する数値・所属などは2020年10月の情報です。

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