川崎重工の社内新規事業公募制度「ビジネスアイディアチャレンジ」。そこから生まれ、注目を集めるのが、ヘリコプターWeb手配サービス(以下、ヘリ手配サービス)です。ウェブで申し込むだけで、ヘリコプターが来てくれ、目的地までひとっ飛び。移動時間が短縮され、時間を有効に使うことができるようになるサービスです。現在は東京-群馬間でのサービス開始に向け準備を進め、将来的にはタクシーのようにヘリコプターを利用できる便利な空の移動が期待されています。
航空宇宙システムカンパニー
営業本部 ヘリコプタ営業部
基幹職
2002年入社。学生時代に培ったエネルギープラントの知識を生かしたいと望みながらも、航空機事業への憧れもあり、いずれも両立できる場所として川崎重工へ。火力発電所や誘 導機器の設計開発を経て、航空宇宙システムカンパニー内の新規事業検討会に参加したことをきっかけに、ヘリ手配サービスの立ち上げに挑戦。
始まりは、出張時の気づき。ビジネスの種は、実体験にある
ヘリ手配サービスについて、最初に教えてください。
ヘリ手配サービスは、簡単にいえば、ヘリコプターを「(空の)タクシー」のように使えるサービスです。ウェブで申し込めば、待ち時間も少なく、移動が楽になる。例えば、東京から群馬の草津温泉まで50分で行くことができます。
おもしろそうな事業です。
最初は、仕事中の気づきがきっかけでした。元々私は設計部に所属していたのですが、当時は出張が非常に多い仕事だったのです。新幹線に何時間も乗ったり、電車と飛行機を乗り継いで現場に向かうなかで、ヘリコプターでサッと移動できたらいいのにと考えていたことがアイディアの種となりました。
新規事業は、ちょっとしたアイディアから生まれるのですね。
元々は、ヘリ手配サービスをひらめいたから新規事業をやろうと考えたわけではありません。きっかけは、新規事業を考える社内プロジェクトのメンバーとして呼ばれたことでした。「何でもいいから新しい事業を考えてみよう」と会社から背中を押される形で、これまでのアイディアを新しい事業に活かす道について考え始めました。
何でもいいから新しい事業を、というのは、難しいお題です。
本当にそうです。ただし、不安というよりはワクワクの方が大きかったように思います。アイディアの出し方を学んだりビジネスのフレームワークについて教えてもらったり。事業の作り方について、多くを学ぶことができました。そうしてさまざまな事業を検討するなかで、実際におもしろくなりそうだと感じたものがヘリ手配サービスだったのです。取り組むにつれて、社内プロジェクトではなく全社的に知ってもらえる大きな事業にしたいという気持ちが大きくなりました。そこで、2020年に社内の新規ビジネス公募制度である「ビジネスアイディアチャレンジ」に応募。正式な事業化に向けた動きが始まり、今に至ります。
主観の「いい」を信じよ
新規事業立ち上げを経験した堀井さんの思う、新規事業立ち上げにおいて大切なポイントとはどんなことですか?
大きくは2つのポイントがあると思います。1つは根拠や数字をきちんと示すことで、人の興味を惹きつけ説得力を出すことです。例えば、ヘリコプターをタクシーのように使えるサービスというと、おもしろそうだけど不可能にも思えますよね。しかし、「ヘリコプターの運行会社によれば、ヘリコプターの稼働時間は平均して1日1時 間程度にとどまっている」といったデータがあるとどうでしょう。そんなに空いているヘリコプターがあれば、たしかに何か使えそうかもしれないと興味が湧いてきませんか?
できそうな理由を集めてくるのですね。
国際線が発着する空港や大手旅行代理店の協力を仰ぎ、訪日旅行客へのアンケートも取りました。すると、電車や飛行機より高い金額を払ってでも早く楽に移動したいという声が非常に多いことが分かったのです。独自で調査を行い、希少性の高い情報を得たことで、ユーザーのインサイトを示せるものが増え、事業は少しずつ明確なものになっていきました。
そういった「本当に事業にできる」と思える材料は、ビジネスアイディアチャレンジのような場でも重要な審査ポイントなのでしょうね。もう1つはどのようなことですか?
もう1つは、夢を語ることです。社内のメンバーにワクワクしながら参加してもらうために。協力会社や行政の方から、協力したいと思ってもらえるように。そして、自分自身のモチベーション維持のためにも夢を持って事業を描くことは大切です。この事業が実現したらどんなことができるのか、大きな夢を伝えていく必要があると思います。
例えばどのように夢を語っているのですか?
ヘリ手配サービスが広く普及した世の中を、関係者と一緒に見ようとしています。最初は、移動手段としての利便性や遊休ヘリの解消という点からのスタートでしょう。しかしもっと活用が進めば、災害や急病の助けになるかもしれません。身体が不自由な人の移動を助けてくれるかもしれません。あるいは、過疎地で不足している医療などのサービスをヘリで届けられるようになる。使うのが普通になれば、これまでヘリに向けられていた、怖いとかうるさいとか、そういったマイナスイメージの払拭もできると期待できます。
なるほど。あれもできそう、これも叶う、と思えることが大事だと。
加えて、夢を語るためには、やはり根っこに自分のやりたい気持ちが必要でしょう。私の場合も、出張をもっと楽にしたいという想いがスタートでした。自分が心からやりたいと思えるからこそ発揮される力には大きなエネルギーがあります。ビジネスには数字や根拠、フレームワークなどが当然大切ですが、一番の土台には、主観で「いい」と思 えるものがあるのかもしれません。
信頼に後押しされ、そして次へつなぐ
ヘリ手配サービスを事業化していくにあたり、困難だったポイントはありますか?
事業を作るとはどういうことなのか、仕事の中で学んでいきました。本当にゼロから周りに共感してもらって協力を仰ぐことや、契約書や法律について学ぶこと。行政の手続きに苦戦したり、通常業務とのバランスをとったり。本当に1つずつやっていった実感があります。
コツコツと前に進めていくことが必要なので すね。
本当にそうです。新規事業というと、突飛なアイディアで奇抜なことへ挑むイメージを持つ方もいるかもしれません。しかし、それは真逆だと思います。本当の新規事業は、真面目で地道な作業です。法律を理解するための文章を延々と読んだり、1枚ずつアンケートを処理したり、そういうことを疎かにしない仕事なのだと思います。
新規事業というと、なんだかカッコよくて非日常なイメージを持ってしまいがちですが、そうではないのですね。
むしろ目の前の、日常の業務をしっかりやることが大事なのではないでしょうか。営業経験者だからこそ運行会社の生の声を知っている人、会計経理部にいたから事業全体のお金の動きというものを知っている人。それぞれのできることを生かすことこそ、事業を進める近道です。
既存事業、通常業務をしっかりやっ たからこそ、新規事業でできることがあると。
逆に、新規事業で得たものが既存事業に生きることももちろんあります。新規事業で行ったユーザーアンケートで新たなインサイトが見つかったり、企業の本音が聞けたりしたら、既存事業の改善へ役立てることも必ずありますよね。全てが独立して事業になっているのではなく、組織におけるいい循環を生み出すきっかけになると言えそうです。
川崎重工だからこそできたこと、事業立ち上げに役立ったポイントなどはありますか?
やはり大きいのは、関係者からの信頼です。誰も知らない事業だけれど、誰も知らない企業ではない。私たちは1977年のヘリコプタ―事業開始以来、8万時間連続無事故※1の記録を持つ、この業界のプロフェッショナルです。だからこそ、何かやってくれそうだと期待してもらえる。応援したいと思ってもらえる。川崎重工の先輩方が築いてきた信頼は 、大きな後押しとなりました。そして同時に、私もそのバトンを次の人につないでいけるようしっかりと事業を形にし、社会からの期待に応えていきたいという想いで取り組み続けています。
※1:日刊工業新聞「ヘリ・固定翼機の社内飛行で大記録、8万時間無事故を達成した川重の極意」