100年前に創業した現存する日本最古のモーターサイクルブランド「メグロ」:後編 ~MEGURO S1開発メンバーが語るメグロへの想い~

公開日2025.02.28

2021年、およそ半世紀ぶりに自社の大型モーターサイクルのルーツのひとつである「メグロ」ブランドを復活させ、「MEGURO K3(以下、K3)」をリリースしたカワサキモータース。その第2弾として企画された「MEGURO S1(以下、S1)」は、目黒製作所の創業からちょうど100周年にあたる2024年に発売されました。日本のモーターサイクルの歴史や伝統を再認識して継承し、血脈を受け継いでいくというカワサキの決意を表しているメグロブランドの復活。そのバトンを受け取ったS1の開発メンバーに、開発秘話や今の想いを語っていただきました。

ベテランから若手まで幅広い世代を揃えた開発メンバー

写真左:メグロブランド復活第1弾として登場したMEGURO K3(2021年発売)。
写真右:メグロの世界観を普通二輪免許でも味わえるMEGURO S1 (2024年発売)。
※特別な許可を得て撮影しています
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高谷

このS1は当初からW230との同時開発が決まっていました。私はZ650などのオンロードモデルのフレーム設計を担当してきた経験があり、その流れからぜひ開発リーダーにというオファーがありまして、それを引き受けたという形です。

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東川

私は入社して以来、部品単体のデザインを多く手掛けていました。カワサキの中でも「W」は憧れのバイクで、いつか携わってみたいと思っていたところに、今回のS1とW230の担当が回ってきたんです。実はメグロというブランドは知らなくて、社内に置いてあるK3を見たのが初めてでした。

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猪野

そのK3を担当したのが私でして(笑)、流れ的にS1のCMFデザイン※1も任されました。ところで東川さんのような若い世代から見て、K3をどう思われました?

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東川

私自身、オールドルックなバイクに心を惹かれがちなんですよ。K3はシルエットがかっこいいのはもちろんなんですけど、銀鏡塗装のタンクだったり、羽根が付いたエンブレムだったり、そんなバイクを見たことがなかったので衝撃的でしたね。私はすごく好きだなって思いました。

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猪野

それは良かった(笑)。

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高谷

実は私もK3しか知らなくて、開発リーダーになってからメグロというブランドを調べました。そのうちに当時のレースなどで活躍していたほどの高性能や高品質だったことを知り、自分が携わるS1に対してもメグロブランドとしてふさわしいモデルにしたい、という意識が自然と強まりました。

※1 Color(色)、Material(素材)、Finish(仕上げ)という、車体表面に関わるデザインのこと。

MEGURO S1の開発リーダーを務めた高谷聡志さん。

デザイン面でのこだわり:メグロらしさの追求

MEGURO S1のスタイリングデザインを担当した、東川梨央さん。
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東川

スタイリングに関しては、実際に市場調査にも同行しました。歴代メグロの水平基調を踏襲した王道のクラシックスタイルでいくというのは決まっていたんですけれど、その他の方向性もあるのではないかということで、数え切れないほどのスケッチを描いて模索もしました。

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高谷

最終的に上がってきたスケッチを見て、すごくきれいだなと思いました。私たち設計陣は、デザイナーが作り上げてきたものをいかに具現化するかという立場なのですが、このデザインは少しも崩さずに形にしたいと思いましたね。

初期段階のMEGURO S1デザインスケッチ。
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猪野

私も長年デザインをやってきたので分かるんですが、我を出したがるデザイナーも少なくないんですよ(笑)。次世代のメグロはこうだ! なんて悦に入って、突拍子もないスケッチを描いてきたりとかね。でも、東川さんは歴代モデルやK3からしっかりメグロのフィロソフィーを学び、さまざまな制約がある中で誰もが思う「メグロ像」を仕上げてきた。だからいいバイクになったんだと思います。

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東川

ありがとうございます。猪野さんがデザインされたW650をはじめ、それ以前のWシリーズやメグロも参考にし、“かわいい”と“きれい”のちょうどいいところを表現するように頑張りました。

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猪野

それはそれは、こちらこそありがとう(笑)。

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高谷

ホイールサイズはスタイリング優先でホイールサイズをフロント18インチ、リヤ17インチに決定しました。シート高とライディングポジションの検討段階では東川さんにもずいぶんと協力してもらいましたね。

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東川

主に足着き性の確認ぐらいですが、私ぐらいの身長(153cm)のライダーにも乗ってほしいという想いもあったので、喜んで協力させていただきました。

MEGURO S1にまたがる東川さん。
実際に試乗・購入した女性ユーザーからも、「乗りやすさ」の面で高い評価を得ている。
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高谷

猪野さんはメッキの選定にこだわっていらっしゃいました。

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猪野

特にタンクは大変だった(笑)。一番苦労したと言ってもいい。メッキの見映えや品質を確保するために、下処理であるバフの粗度を何通りも試しました。それに、メッキの出来映えによって上に重ねる黒塗装の品質も変わってくる。本当に数え切れないほどの試作品を前にして関係者と議論しました。

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東川

タンクのエンブレムも素敵ですよね。

メッキの反射、そしてメグロのエンブレムが美しいMEGURO S1のタンク。
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猪野

ベースはK3と同じですけど、タンクのアールが違うので型は新規なんですよ。K3の開発時に歴代メグロの七宝焼きエンブレムを調べて、それぞれ「MEGURO」のロゴが微妙に違うことが分かった。それを見て、それぞれのロゴを平均化したロゴを作ったんです。S1のエンブレムもK3と同様5色で塗り分けているので手間はかかっていますし、非常に高品質な雰囲気になったかと思います。

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東川

外観でこだわったと言えば、フェンダーやマフラーもですね。歴代メグロはフェンダーの縁が若干反り返ったような処理になっているので、それを踏襲しました。また、前後フェンダーともスチールで作ってもらうことで、本物の質感にこだわりました。マフラーについては、エンジンの右側からエキゾーストパイプが出て、キャブトン※2タイプのサイレンサーまで綺麗につないだラインを意識しました。

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高谷

マフラーは排ガス規制に適合するために触媒が必要なんですが、適当なところに付けるとデザイナーが描いた意匠を崩してしまう。そこで、開発担当者が考えてくれたのが、エンジンの後方下部でエキゾーストパイプをUターンさせるという手法です。化粧プレートで隠しているので、言われないと気付かないかもしれません。

※2 バイク後方に水平に伸び、途中のサイレンサー部分のパイプ径が太くなり、終端部が再び細くなる、クラシカルな形状のマフラーの通称。

左後方からMEGURO S1を見ると、エンジン後方下部でコンパクトにUターンしたエキゾーストパイプが確認できる。

エンジンへのこだわり:鼓動感と排気音の作り込み

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東川

エンジンについては、クランクケースの丸みを帯びたカバーだったり、エキパイを右側から出すためにシリンダーヘッドを新作したり、そのシリンダーヘッドも塗装したあとにS1だけフィンを切削加工したりと、デザイン面でずいぶんと手を加えてもらったんですが、それ以外にも乗り味の追求などは大変だったんじゃないですか。

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高谷

そうですね。軽さも成立させるためKLX230の空冷シングルエンジンを流用すると決まってから、一番の課題であった「トコトコ感」※3をどう作り上げるか?について、キーワードで抽出したんです。「鼓動感」、「心地よさ」、「リズミカル」などのワードに基づき、それらを実現するためにはどの部品を変えたらいいのか、関係者と協議をしました。

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猪野

エンジンの鼓動感と不快な振動は紙一重だからね。

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高谷

はい。大きすぎる振動は不快になるので、テストライダーにも乗ってもらい、折り合いの付くところを探っていきました。

※3 ゆったりと走りながらエンジンの心地よい振動を楽しむ感覚。

造形美とともに、乗り味から音まで作り込んだMEGURO S1のエンジン。
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東川

先ほどマフラーの造型についての苦労話が出たんですが、音作りについてもこだわっていらっしゃいましたよね。

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高谷

そうです。カワサキらしさを表現するため、当時のメグロのような音質にしてはどうかと提案がありました。そこで、メグロ・キャノンボール※4でお世話になっている那須烏山市に相談したところ、幸いにも250ccシングルのメグロ・ジュニアS8を借りられることになったんです。

実際に走行させて排気音を録音し、サウンドチューニングを担当している騒音グループで、現在の騒音規制に適合させながら試行錯誤をかさね、理想のサウンドを作り込んでいった感じです。

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東川

そんなエピソードがあったとは知りませんでした。

※4 栃木県那須烏山市で2021年から毎年開催されている、新旧メグロのオーナーズミーティング。

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高谷

それ以外にも「トコトコ感」を実現するために、クランクシャフトの重さを変えたり、圧縮比を下げたり、カムプロフィールを変更したり、二次減速比を変更したりと、部品やセッティングにいろいろ手を加えています。上層部からも可能な限り突き詰めてほしいという激励もあり、各部署がこだわりを持って開発してくれたからこそ、今のフィーリングが実現できました。

高性能を追求していたメグロブランドの良さと、風景に馴染むようにゆったりと走行できる「トコトコ感」をS1では重視したかった。S1はKLX230のエンジンを使ったからこそ、そのどちらも両立できたような気がします。加えてフレームとスイングアームを新規とし、必要な剛性値を見直して、素直なハンドリングと軽量化を実現できたのも大きいですね。

メグロに対する想い&今後の展開

ジャパンモビリティショー2023でお披露目されたMEGURO S1。
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東川

S1とW230は、2023年のジャパンモビリティショー(以下、JMS2023)で展示したじゃないですか。この時が世界初公開ですよね。お客さんがどんな反応をするのかなってドキドキしませんでしたか。

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猪野

試作、量産試作、先行量産、そして量産車という開発の流れの中で、あの時に展示したのはまだ試作の段階でしたからね。だから、皆さんに気付かれないレベルでの修正もしているんですよ。

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高谷

カワサキモータースの「伝統と革新」というテーマにおける、伝統として開発しているモデルをいち早く知っていただきたいということで、JMS2023に先行展示したわけですが、反響の大きさは予想以上でしたね。そして、お客さんがこれだけ期待しているということを、開発に携わっている関係者と共有できたのも良かったと思います。

W650をはじめ、数多くのモデルでデザインを手掛けてきた猪野精一さん。
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猪野

私は1999年に発売されたW650のデザインを担当した時、昔の英国車やメグロを研究したんですよ。同僚の設計者がメグロのスタミナZ7を所有していまして、我々デザイナーにとってそのインパクトは強烈でした。部品一つ一つにかけているこだわりがすごいんですよ。今なら板金で仕上げるようなパーツを鉄の鍛造で作っていたり、造型的にもとことん煮詰めていたりする。だからこそ自信の表れとして、小さな部品にもメグロのマークを入れたんでしょうね。このS1も、さまざまな制約の中で開発を進めたにも関わらず、随所にこだわりを入れられるように開発リーダーが現場を牽引したことで、「メグロらしさ」をしっかりと表現できていると思います。

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東川

個人的には、フロントフェンダーに風切りっていうんですか、プレートを付けられたら、よりクラシカルな世界観が出せていいんじゃないかと思っています。純正アクセサリーで出せたら面白いかもしれませんね。あとは鞍型シートでしょうか。いつかバリエーションモデルとして提案できたらいいなと思っています。

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高谷

開発リーダーという立場でこの機種に関わりましたが、私自身がもの作りの指示をするわけではないんですよ。スタイリング、CMF、エンジン、FI(燃料噴射制御装置)、車体、騒音など、それぞれ開発者のベクトルが逸れないように調整するのが私の役目です。部品メーカーも含め、本当に皆さんのこだわりと協力なしでは成立しなかったということを、ぜひ知ってほしいですね。

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猪野

これはメグロに携わる者の課題だと思うんですが、これぞメグロという代表的なグラフィックをK3とS1で使ってしまっているんですよね。なので、ある意味守りに入ってこれをずっと続けるのか。それとも令和のメグロとして何か新しいカラーリングに挑戦するのか。誤ったことをすればこのブランドに傷を付けてしまうし、かといって同じものを出し続けるわけにもいかない。そこはCMFデザイナーの腕の見せどころですね。

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高谷

そうですね。あとは我々が出したS1が市場にどう受け入れられるか。すでにW230も含めてお客さんからの声が伝わってまして、共通する評価は「気軽にサッと乗れるバイク」であると。その強みをメグロというブランドでさらにスキルアップできたらいいなと思っています。また、これを機に「伝統と信頼の」メグロブランドの歴史や、製品へのこだわりをアジア諸国や欧州など世界中にもっと広めることができたら、と思います。

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カワサキモータース株式会社
MEGURO S1 開発リーダー
四輪・PWCディビジョン 
高谷 聡志 氏
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カワサキモータース株式会社
MEGURO S1デザイナー
企画本部デザイン部
猪野 精一 氏
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カワサキモータース株式会社
MEGURO S1デザイナー
企画本部デザイン部
東川 梨央 氏

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