医師をいち早く救急現場へ。 命をつなぐ「ドクターヘリ」 の舞台裏に迫る

公開日2019.04.30

患者を運ぶだけではなく、医師をいち早く救急現場に連れていき、早期に治療を開始する役割を担う「ドクターヘリ」。テレビドラマで取り上げられたことで、空飛ぶ救命救急としてその役割が広く認知されました。日本全国で活躍する、そのドクターヘリの約半数で採用されているのが川崎重工の「BK117」シリーズです。最前線の救急医療現場で活躍する「命の翼」ドクターヘリの実情と現場に迫ります。

日本では、阪神・淡路大震災がきっかけとなり導入。2001年、川崎医科大学附属病院が運航開始

ドクターヘリとは、「医療機器や医薬品を装備・搭載したヘリコプターが、医師と看護師を乗せて救急現場に向かい、現場での措置後に適切な医療施設へ患者を搬送する仕組み」です。また、現場出動のほかに、医療機関からより高度な医療を実施する別の医療機関へ患者を運ぶ「施設間搬送」も行っています。

世界初のドクターヘリは、1952年にスイスで山岳遭難者を救護し病院に搬送するために創設されました。日本では、1999年に厚生省(当時)のモデル事業として神奈川、岡山両県の2病院でドクターヘリの試験運航が開始されました。

導入のきっかけは、1995年に発生した阪神・淡路大震災でした。多くの地域で道路が寸断され救急車の出動が困難となるなか、消防防災ヘリの救助活動に期待がかかりました。ですが、当日に搬送された傷病者はたった1人、3日間の合計でも17人と非常に少ないものでした。これを機に、災害時の医療救護活動に救急医療を専門とするヘリコプターが必要であるとの声が高まり、本格運用につながりました。  

正式に運航が始まったのは2001年。川崎医科大学附属病院で岡山県ドクターヘリ事業が開始されました。しかし、国民の命に直結する重要な事業だが、根拠になる法律がなかったため、全国的な導入は進みませんでした。そこで2007年、ドクターヘリについての国の考え方を示した「救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法(ドクターヘリ法)」が公布されました。その後、ドクターヘリを導入する道府県は増え、現在は43道府県に53機が配備されるまでに拡大。出動実績は2018年度で約2万9000件に上ります。 

2011年に発生した東日本大震災では、阪神・淡路大震災の教訓を生かして18機のドクターヘリが現場に出動。孤立した医療機関から160人以上を搬送するなど、救命・救助活動に当たりました。出動したヘリの数は当時全国に配備されていた26機の約70%にのぼりました。※1

※1 認定NPO法人 救急ヘリ病院ネットワーク「歴史と実績」 参照

救急車搬送に比べ患者の死亡を4割削減。患者には医療費のみ請求される。

救命救急は、常に時間との闘いです。症状が重篤な人ほど1秒でも早い救命処置が必要であることを示す「カーラーの救命曲線」によると、ケガで大量出血した場合は30分以内、呼吸停止後約10分以内に救命処置を行えば救命率は50%。1時間以上経つと0%になってしまうといわれています。

ドクターヘリは一般人が直接、要請することはできません。119番通報を受けた消防機関が患者の重症度などを判断して、ドクターヘリの出動を基地病院に要請します。ドクターヘリの飛行時間は片道15〜25分、距離では50〜70㎞程度を目安に運用されています。厚生労働省の研究班による調査では、ドクターヘリを要請してから医師が治療を開始するまでの時間は平均14分で、救急車による搬送に比べ平均27分短縮されました。一分一秒を争う救命救急現場では、この時間短縮により救命率の大きな向上が見込めます。ドクターヘリと救急車を比較した場合、ヘリの搬送により患者の死亡を39%、重傷・後遺症を13%減らす効果があると推計されています。

ドクターヘリは厚生労働省が管轄し都道府県が導入。運営は都道府県の要請を受けて基地病院の「救命救急センター」が行います。1機当たりの年間運営費は年間約2億5,000万円で、出動1件当たりの費用は約46万円。都道府県が負担しますが、高額となるため厚生労働省や総務省から補助金が交付されています。※2

運営費の内訳は、機体賃借料、パイロット等拘束料、燃料費、保守料、航空保険料などがあります。総配備数53機の年間総額は132.5億円。国民1人当たりの負担に換算するとおよそ105円程度です。ドクターヘリによる搬送費用は、患者が負担する必要はありません。ただし、ドクターヘリ医療チームにより提供された医療行為については、保険診療の範囲内で患者の負担となり、患者へ医療機関から請求されます。

※2 認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク「ドクターヘリとは?」 「運営の仕組み」 参照 

川崎医科大学で活躍するドクターヘリ「BK117」。 医師との接触を68分早めたケースも 

ドクターヘリとして活躍する川崎重工の「BK117シリーズ」は、予備機も含めて25機です。なぜ「BK117」は最前線の救急現場で選ばれ、運航担当者や医療関係者の期待に応えているのでしょうか。日本で初めて本格運用された川崎医科大学附属病院高度救命救急センターを訪ねました。

岡山県のドクターヘリ「BK117 C-2型」は、川崎医科大学附属病院高度救命救急センターに配備されています。機長と整備士のほか、後方キャビンにはストレッチャーで運ばれる患者のほかに4人が搭乗できます。キャビンには各種のモニター機器や点滴静脈注射を正確に行うシリンジポンプ、人工呼吸器、吸引ポンプ、医薬品などが備えられています。出動要請から5分以内に出動し、岡山県内ならば30分以内に到着します。2018年度の運航件数は414件※3でした。

川崎医科大学附属病院 荻野 隆光 救急科部長(教授)は「ドクターヘリ出動の疾患別内訳は、外傷が55%、脳血管障害が15%、心臓と大血管疾患が10%となっています。附属病院脳卒中科がSCU(脳卒中集中治療室)を併設するなど、ドクターヘリと病院施設の連携をより強める体制を整えています」と解説します。

ドクターヘリはその力を十二分に発揮しています。高速道路の運転中に急性心筋梗塞の発作を起こした患者に医師が接触するまでの時間を68分短縮。さらに、包丁で首を刺した患者を病院まで57分で到着させて医師への接触時間を37分も短縮したケースなどがあります。

川崎医科大学附属病院のドクターヘリの運用は、機材とスタッフの提供も含めてセントラルヘリコプターサービスが受託しています。スタッフの構成は、機長、整備士、CS(コミュニケーション・スペシャリスト)と呼ばれる運航の管理者の3人。出動時には、機長と整備士が操縦席に乗り、運航管理室にいるCSは天候状況などから出動すべきかどうかを決め、患者との接触場所となる臨時ヘリポートを選定したりします。

セントラルヘリコプターサービス株式会社 運航部 島根グループ 岡山DHチーム チームリーダーで整備士の山﨑 学 氏はこう語ります。「ドクターヘリでは、機長以下、医師や看護師も含めチームとして動きます。現場到着前に患者さんの症状や血圧、呼吸状況など医師が必要とする情報を収集したり、患者さんの氏名や病状を搬送先の病院に連絡したりするのも、整備士である私も含めクルーの仕事です。現場では、心電図モニターや点滴のチューブが絡まり治療を邪魔 していないかなども確認します」。

ドクターヘリとして活躍する川崎重工製BK117 C-2型機
川崎医科大学附属病院のヘリポートで待機するドクターヘリ。機種はBK117 C-2型機。 ヘリポートの脇には、「ドクターヘリ発祥の地」と銘じられた小さなプレートがある

絶対安全を追求するために。ドクターヘリの運用を支えるCSの仕事

ドクターヘリに求められるのは「絶対安全の追求」。セントラルヘリコプターサービス株式会社 運航部 岐阜グループ 機長の岡部 直人 氏はその心得についてこう語ります。「患者さんを助けたいという気持ちは誰もが強く持っていますが、あえて気持ちを抑えるのが安全運航には不可欠です。だからこそ、急ぎはするが決して焦りません」。

そして安全運航を支え、患者に最適な状況を提供するのが「CS」です。「運航管理者」ではなく「コミュニケーション・スペシャリスト」と呼ぶところに、その役割の重要性がうかがえます。

出動要請はまずCSに入ります。これを院内無線で救命救急センターの医師、ヘリポート(待機所)などと共有。天候などから出動できると判断した場合は、現場の救急車と接触する場所(ランデブーポイント)を機長と医師に提案します。

セントラルヘリコプターサービス株式会社 運航部 運航管理グループ 運航管理担当者でありCSの原山 英明 氏は言います。「医師と看護師を一刻も早く患者さんのもとへ安全に届ける。ドクターヘリの責務は、これに尽きます。飛べるかどうかをCSが逡巡していては時間をムダにするだけです。待機中も天候ウォッチを怠らず、出動時は着陸地をどこにすれば何分早く接触できるか、隣県のヘリを要請した方が早いのかなど、あらゆるシナリオをシミュレーションしています」。

さらに、隣県も含めて約1,100ヵ所あるランデブーポイントの安全を確認したり、周辺住民からの苦情に病院庶務課と協力して対応したりするのもCSの仕事です。「年間40〜50ヵ所程度を点検しています。周囲にアンテナが立ったり、木が大きくなっていたりすれば対応しなければなりません」と原山氏は語ります。まさにコミュニケーションの専門家としてドクターヘリの運用を支えているのがCSなのです。

医師、機長、整備士の期待に応えるドクターヘリ「BK117」の実力

川崎重工の「BK117シリーズ」がドクターヘリとして多く採用されている理由とは? 現場で働くプロフェッショナルたちが解説します。

荻野氏は「BK117」の大きな特長のひとつとして、後方キャビンの広さを挙げます。「後方キャビンには5人乗れるので、患者さん以外に4人、例えば医師と看護師を2人ずつ乗せたり、研修医を乗せたりもできます。患者さんの状況によっては常備品以外の医療器具も持ち込めます」。

各種医療機器を搭載するドクターヘリのキャビン
後方キャビンにはストレッチャー、救急バック、心電図モニターなどの器具、生体情報モニターなど 各種の医療機器が常備されている

つまり「BK117」は、より充実した医療対応を可能にするのです。

整備士の山﨑氏は、「BK117」の機体後部のドアが観音開きである点に注目します。「観音開きなのでストレッチャーの搬出入に余裕があり、床面が少し高いのでストレッチャーの足の伸縮が確実にできます。一見、些細なことのように見えますが、こうした点が絶対安全を支える一因になっていると考えます」。

ドクターヘリ仕様の川崎重工製BK117 C-2機に積載されるストレッチャー
観音開きができる後方ドア。広い空間を確保でき、患者の搬出入を余裕をもって行える。 地上とキャビン床面の高さもストレッチャーの足を伸縮させるのに都合がよい

そして岡部氏が強調するのは、「BK117」が全国にあるドクターヘリのなかでも唯一「TA級」と呼ばれる双発エンジン機であることです。「TA級」とは、ひとつのエンジンが故障しても、もうひとつのエンジンで安全に飛行を継続できる機体のことを指します。

岡部氏いわく、「万が一の場合でも、安全に運航を維持できます。その上で『BK117 C-2』は、エンジン出力が高く、操縦に対する機体の反応が機敏なので危険の回避行動もスムーズです。各種の計器類が安定稼働するまでの時間も短いため、出動要請から離陸までの時間を大きく短縮できます」。

川崎重工と欧州のエアバス社の共同開発によって誕生した「BK117」。川崎重工は、エンジンの力をローターなどに伝えるトランスミッションやギア・ボックス、胴体などの開発・製造を担っていますが、広い後方キャビンや観音開きのドアは、川崎重工のものづくりの力が実を結んだ成果でした。

小型で信頼性の高いギア・ボックスを設計したことで、天井部分にコンパクトに収められ、後方キャビンが広くなりテールブームも上に持ち上げられるようになりました。その結果として観音開きのドアが実現できたのです。

命の翼として活躍するドクターヘリ。それを川崎重工の技術と開発者たちの挑戦への情熱が支えています。

ドクターヘリをより安全に確かに、低騒音・低振動などより快適に、環境にも配慮して運用するため、川崎重工は開発力や製造力を磨き続けています。さらに、より効率よく運航するためのサポートや、パイロットや整備士の人材育成を強化。今後もあらゆる面から、持続可能なドクターヘリの運用に貢献していきます。 

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川崎重工業株式会社
航空宇宙システムカンパニー
ヘリコプタプロジェクト本部 副本部長
田村 勝巳

開発・製造・サポートの3つの力でドクターヘリを支え、使命の持続性を担保しています。

「BK117」は、広い後方キャビンや観音開きのドアなどを特長とする多目的ヘリコプターですが、特長故にドクターヘリとして多数導入されています。使い勝手だけでなく、操縦性能の良さや頑丈で安全性が高いこと、さらにメンテナンスの容易性などから関係者の皆様から圧倒的ともいえる信頼を得ています。

その特長が実現できている背景には、川崎重工の開発力や製造力があります。キャビンの広さや観音開きのドアは、トランスミッションを小型で高性能化できたからこそ実現できたものであり、それらを当社の設計・製造技術が支えています。最新型の「D-3」では、5枚ブレードになって振動が低減され、搭乗時の快適さも向上しています。搭載量も増加しました。これらの特長は、ドクターヘリとしての機能の向上であり、より安全で確かな運用をもたらします。

ドクターヘリとしての運用では、メーカー側は「売って終わり」ではなく、継続的なサポートに力を注ぐのが義務だと考えています。従来のサポートに加え、2019年4月からは「パーツ・バイ・アワー」と呼ばれる新しいサポートサービスを開始しました。これにより運航・整備現場での作業の中断や機体の運航停止時間を減らし、ヘリコプターの可働率をより向上させることができます。

さらに2019年5月には、BK117シリーズの訓練センターを開設しました。パイロットや整備士の養成と、すでに基本技量のある方の高度化訓練を行います。BK117のDシリーズから採用されたフェネトロン型テールローターの整備訓練装置や最新のアビオニクスの訓練装置などを導入します。

これからも川崎重工はサポートや人財育成を通じて、ドクターヘリの機材提供と運用を受託している航空会社様の経営や安全運航に資することで、日本のドクターヘリの運用の持続性を高めていきます。それがドクターヘリに関わる皆様から寄せられている信頼に応えることであると思っています。

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川崎医科大学附属病院
救急科
教授
荻野 隆光
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セントラルヘリコプターサービス株式会社
運航部 島根グループ
岡山DHチーム
チームリーダー
山﨑 学
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セントラルヘリコプターサービス株式会社
運航部 運航管理グループ
運航管理担当者
原山 英明
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セントラルヘリコプターサービス株式会社
運航部 岐阜グループ
機長
岡部 直人

※文中に登場する数値・所属などは2019年4月の情報です。

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