クリーンな水素利用を見極める。 二酸化炭素排出量の「見える化」に取り組む

公開日2023.12.06

2050年のカーボンニュートラル社会実現に向けて、温室効果ガス(GHG)の排出量削減が世界共通の課題となっています。課題解決の手段として注目されているのが、利用時に二酸化炭素(CO2)を出さないクリーンエネルギーの水素です。ただ、水素サプライチェーン全体を通してみると、製造や運搬時などにCO2が排出される場合があります。クリーンな水素利用を推進するため、世界に先駆けて液化水素の国際間輸送に取り組む川崎重工は、サプライチェーン全体でのCO2排出量を評価する国際ルールづくりに取り組み、水素エネルギーの普及に貢献します。実際にこのプロジェクトに取り組む齋藤さんにお話を伺いました。

クリーンエネルギーとして期待される水素

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齋藤

2023年は、世界各地で記録的な暑さが報告された年となりました。その背景にあるのは地球温暖化であるとされており、気候変動への対応は待ったなしの状況となっています。

温暖化を止めるために何より必要なのは、二酸化炭素(CO2)に代表される温室効果ガス(GHG)の削減です。ESG投資の流れも受け、企業の脱炭素への取り組みについても、下図のScopeの考え方に基づく事業活動全体でのGHG削減が求められており、排出量や削減目標の開示までが必須の課題となっています。

企業としてはGHG削減に取り組みながらも、事業継続のためには何らかの代替エネルギーが必要となります。そこで期待されているのが、利用時にCO2を排出しないクリーンエネルギーの水素です。

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齋藤

実は日本は、水素利用に関して世界でもトップレベルの先進国です。2005年から公開されている燃料電池・水素技術開発ロードマップや2017年に世界で初めて策定された「水素基本戦略」のもとで、燃料電池自動車(FCV)の実用化、家庭用燃料電池の普及拡大など、水素エネルギーの活用に向けて世界をリードしてきました。エネルギー資源に恵まれない日本にとって、エネルギーの安定調達はとても重要な課題。そのため政府の先進的な動きも踏まえて、川崎重工でも2010年頃から水素を海外から大量に安価に安定的に調達し、発電を中心に国内利用につなげるという「液化水素の国際サプライチェーン構想」を掲げ、海上輸送の鍵となる世界初となる液化水素運搬船の実現に取り組んできました。

課題は、水素サプライチェーンでのCO2排出量の見える化

水素はその製造法により、グレー水素、ブルー水素、グリーン水素の主に3つに分けられます。石炭や天然ガスなどの化石燃料から水素をつくる場合は、必ずCO2が排出されます。このCO2をそのまま排出するのがグレー水素であり、カーボンニュートラルの観点からは評価されません。

製造時に排出されるCO2を回収・利用・貯留するなど、大気中のCO2を増やさないような対策を取られたものがブルー水素です。これに対して太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーで水を電気分解してつくるのがグリーン水素で、この場合は製造時のCO2排出はゼロとなります。

また、たとえブルー水素やグリーン水素でも運搬時にCO2が排出されることもありえます。輸送する場合は、船舶やローリーなどの輸送手段で使われる燃料によってはCO2が排出されるからです。

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齋藤

事業活動において水素を利用して脱炭素を進めようとした場合、水素を燃料として利用する段階ではCO2をゼロにできたとしても、その燃料が製造され、手元に運ばれるまで上流段階でのCO2排出量が多ければ意味がありません。そのため、燃料として調達する水素についても製造から利用に至るまでのバリューチェーンにおけるCO2排出量を算定し、これを開示していく必要があります。この『見える化』によって透明性と信頼性をもって水素の「低炭素性」を証明することは、利用者がその水素を安心して使っていただく上で非常に重要です。水素を世界中で普及させ、社会実装していくための支援制度としても、低炭素性の証明は必須なのですが、どのように評価を行うかについてはまだ各国とも検討中の段階です。つい先日(11月30日)、水素の製造から運搬までのプロセスにおけるCO2排出量の算定方法論に関して、技術仕様書(Technical Specification) がISOから発行され、当社も策定に協力しました。評価方法の詳細は実際のサプライチェーンの検討・実現とともに確立され、具体的な評価が実施されていくと考えられます。

この課題解決に川崎重工は総力をあげて取り組んでいます。液化水素の国際サプライチェーンに関して、世界でオンリーワンといえる技術的知見やデータを持つ川崎重工には、関係機関と連携を図りながら、CO2排出量評価に取り組む責務があると考えるからです。

国際的第三者認証機関との連携により国際ルール確立へ

川崎重工はすでに世界初となる液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」を建造し、パートナー企業と共に、日豪間の液化水素の海上輸送を完遂するなど技術的実証を進めてきました。現在は商用化に向けて、大型液化水素運搬船を含む機器・設備の大型化を進めており、これまで輸送時のCO2排出量算定についても独自の知見を積み重ねてきました。液化水素の船舶輸送に関わるトップランナーとしてのノウハウを活用しながら、水素の製造、輸送、貯蔵の各プロセスで排出されるCO2排出量算定方法の検討に取り組んでいます。

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齋藤

2023年5月に、算定方法作成のカギを握るパートナーとして、国際的な第三者認証機関であり、世界最大かつ最古級でもあるDNVと連携しました。DNVには、これまでにも経済産業省、環境省が策定した、製品単位の排出量算定・表示であるカーボンフットプリントガイドラインや実践ガイドの作成に技術協力を行ったり、温室効果ガス関連の第三者認証の実績が豊富にあります。さらに船級協会として船舶での海上輸送に関する豊富な知識も有しています。川崎重工はDNVとの議論を通じて、これまで水素事業で蓄積してきたデータを活用し、特に水素の海上輸送時のCO2排出量算定方法を確立するとともに、最終的なゴールとしては、それを国際的なルールに反映し標準化することをめざしています。DNVは水素先進国、日本のなかでも唯一、液化水素の運搬ノウハウを持ち、実際に運搬の実績を持つ川崎重工の実力を高く評価しています。

国際的なルールメイキングへの関わりの一環としてはほかにもあります。世界各国のグローバル企業が参画し、川崎重工の取締役会長・金花芳則が2022年1月から共同議長を務める「Hydrogen Council (水素協議会)」は、地球規模での代替燃料への移行に際して水素が果たす役割を推進する団体であり、現在では全世界から約150社の水素事業者が参加しています。そのHydrogen Councilの中でも排出量評価に関する方法論が議論されています。

CO2排出量評価に関するルールづくりは欧州が主導してきました。しかし、船舶による液化水素輸送時の排出量については、海外調達を進める日本が先行している領域であり、まだ国際的なルールが成立していません。そこで液化水素のサプライチェーン構築のトップランナー川崎重工が、そのルール作りもリードしていきます。

日本の現状を打破する川崎重工への期待

DNV ビジネス・アシュアランス・ジャパン株式会社 サステナビリティサービス統括部 脱炭素サービス部 部長 田邊 康一郎氏

GHGの排出量評価は、排出削減の目標設定や政策策定のために必要不可欠です。また企業にとっても、投資先の選定や目指すべきイノベーションの方向性を決めるカギとなります。そのため欧州は、GHG評価基準の国際的なルール化に早くから取り組んできました。

日本も高度な技術力を活かして、GHGの排出削減に貢献しています。ただ化石燃料への依存度も高いため、GHGに関する国際ルール策定に対する影響力は、限定されているのが現状でしょう。川崎重工には、このような日本の状況をブレイクするキープレイヤーとしての役割を期待しています。

水素を安心して「つくる・はこぶ・ためる・つかう」社会の実現へ

液化水素は、気体の水素と比べて体積が1/800となり、効率的な運搬と貯蔵を可能にする一方、-253℃と、LNG運搬よりもさらに約100℃低い極低温での輸送が求められます。これまでLNG運搬船を多数手がけ、さらに液化水素の貯蔵タンクをJAXA種子島宇宙センターに納入するなど極低温技術に強みを持つ川崎重工は、その保有技術をフルに生かして「すいそ ふろんてぃあ」を建造しました。続いて2020年代半ばの実用化をめざして、約1万トンの水素を運搬できる大型運搬船の設計・建造に向けて着々と準備を進めています。

将来的には、液化水素の製造はオーストラリアに限らず、太陽光発電による安価な電力を使える中東などが有力な候補地になると考えられます。いずれにしても実用化のためには消費地までの液化水素運搬船による輸送が欠かせません。

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齋藤

今後はクリーンエネルギーとして水素利用を考える世界各国において、ブルー水素やグリーン水素の活用が加速すると考えられます。そのために欠かせないのが水素サプライチェーンの構築であり、そしてチェーン全体での透明性と信頼性のあるCO2排出量評価です。川崎重工は、水素に関して単なる一メーカーの枠を超え、水素に関するグローバルチェーン構築のキープレイヤーとして、技術開発はもちろん、CO2算定に関するルールメイキングにも積極的に取り組んでいきます。

「つくる・はこぶ・ためる・つかう」という一気通貫での水素の国際的なサプライチェーン構築は一社で完遂できるレベルの事業ではありません。水素に関するルールメイキングもまた、多くのステークホルダーが関わりながら進んでいきます。その中でCO2排出量算定という分野で川崎重工はDNVと連携し、水素の低炭素価値の見える化に率先して取り組んでいきます。これらを同時に進めることで、水素をつくる・はこぶ・ためる・そして安心してつかえる社会が実現します。川崎重工は、カーボンニュートラルという同じ志を持つ仲間とともに、水素社会の実現そして世界全体のカーボンニュートラル実現に貢献していきます。

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川崎重工業株式会社
水素戦略本部 技術総括部 規格ライセンス部 兼 Hydrogen Council推進室 基幹職
齋藤 文
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DNV ビジネス・アシュアランス・ジャパン株式会社
サステナビリティサービス統括部 脱炭素サービス部 部長
田邊 康一郎

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