ロボットでスマートホスピタルの実現へ。 藤田医科大学×川崎重工の挑戦

公開日2022.08.10

少子高齢化が進むにつれ、高度な医療需要は今後ますます高まると予想されます。業務を効率化して医療従事者の負担を減らし、患者さんに寄り添う時間を増やすためのソリューションとして、最も期待されているのがロボットの活用です。
医療スタッフとロボットが連携した医療は本当に可能なのか。可能ならば、なにができるのか。今、未来を先取りした実証実験が藤田医科大学と川崎重工によって展開されています。環境の変化が激しく、それだけロボットには馴染まないと言われる医療現場での挑戦を追いました。

日本最大規模の大学病院での実証実験

藤田医科大学があるのは、名古屋市の南東に位置する愛知県豊明市。大学に隣接する藤田医科大学病院(本院)は診療科数40科、1日の平均外来患者数約3,200人、入院病床数1,376床、年間手術件数約1万3,500件という日本最大規模の病院です。

この本院を舞台に、藤田医科大学と川崎重工が共同で実施しているのが「医療業務向け近未来モビリティ・サービスロボット(以下、サービスロボット)」の実証実験です。2022年8月からは「フェーズ3」の実証実験が始まり、このために開発された試作3号機は、早ければ22年度内と計画されている「市場投入機」の原形モデルになる予定です。

実証実験はフェーズ1~3の3段階で実施されてきました。各フェーズとも、医療現場から得られた要望の背後にある課題について仮説を立て、それと技術要件を擦り合わせ、ロボット本体や実証実験を行うために必要な操作アプリケーションなどを試作し、それを実証実験に投じることで課題や機能要件をさらに洗い出していくという流れで進められてきました。

PHASE1 ラストワンマイル用のロボットを病院で活用するための課題を探る

【フェーズ1 2021年10月】

フェーズ1では、サービスロボット・試作1号機が、各種の検査用の検体を1フロア・2病棟のスタッフステーションからエレベーターを利用して検査室に運び、再びスタッフステーションに戻るための機能が検証されました。開発されたのは四角い4輪の箱形ロボットで、前面の一部がディスプレイになっており、表情や情報が映し出されます。

プロジェクトメンバーである川崎重工 社長直轄プロジェクト本部 近未来モビリティ総括部 グローバルマーケティング&セールス部の小倉 淳史担当部長は、そもそもサービスロボットのコンセプトは、物流業界の人手不足による“ラストワンマイル対策”のためのものだったと語ります。

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小倉

「それを病院内で使い、医療従事者の業務負担の軽減や業務の効率化に役立てられないかと考えたのが実証実験のきっかけでした。藤田医科大学はSociety5.0の具現化に向けたスマートホスピタル構想を掲げ、川崎重工の自動PCR検査ロボットシステムや日本初の手術ロボット『hinotoriTMを導入してくださっており、今回の実証実験にも大きな期待を寄せてくださいました」

動画:川崎重工「配送ロボットによるラストワンマイルの革新」

フェーズ1で明らかになったのは3つの課題でした。

① フロア間移動

ロボットが自らエレベーターを操作し、フロア間移動を行う方法の確立・安全な人とロボットの相乗り方法の確立

② 自律走行の安定化

看護師が使用するワゴンやベッドの位置などが時々刻々と変わる環境での安定走行

③ 屋内での位置情報の把握

簡単にロボットの現在位置を把握する方法の確立

PHASE2 分かった!「人の肩幅と同じ55cm」というサイズ感

【フェーズ2 2022年2月】

フェーズ1での実証実験から得た各種の課題を踏まえると同時に、フェーズ2では双腕型サービスロボット・試作2号機を投入して検体回収などの実験を行いました。

試作2号機は3フロア6病棟のスタッフステーションと検査室の間を行き来し、エレベーター操作に必要なICカードの提示は自らの腕で行うという仕組みにしました。また病棟の処置室の引き戸を開け閉めしたり、カーテンを開けずに患者さんの様子を撮影したり、スタッフステーションに送信するなどといった実験も行われました。

双腕で、ディスプレイが顔になる試作2号機を活用するのは、医療現場における人とロボットのコミュニケーションのあり方を探るためでもありました。表情の表示の仕方、アームによる運搬作業の多様化、さらにリモートコミュニケーションのあり方などについて課題を探るのです。

動画:藤田医科大学「アーム付きサービスロボットによる実証実験(フェーズ2)を実施」

小倉担当部長と同じくプロジェクトメンバーで、ロボットシステムの開発を担当する近未来モビリティ総括部 システム開発部の絹川 悠介担当課長は、フェーズ2、つまり2号機の活用では3つほどの課題が浮かび上がったと解説します。

①機体の小型化

院内で患者さんを優先しながら安定走行するための機体の小型化

②インフラ・設備とロボットの歩み寄り

ロボットで対応することと、しないことの分類

③荷室の最適化

時間をかけずに荷物の積み込み・積み卸しができ、セキュリティも確保される仕組みづくり

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絹川

「フェーズ2を経て見えてきたのは、“55cm”というキーワードです。55cmとは実は成人男性の肩幅とほぼ同じで、このサイズ内であればエレベーターも人とロボットが相乗りでき、かつ病院側から示された荷物も搬送できます」

PHASE3 実用化にめどをつける完全自律・自動走行

【フェーズ3 2022年8月】

2度の実証実験を踏まえ、フェーズ3では「ほぼ完成形」と言えるサービスロボットが開発され、投入されました。1号機と同じ箱形のロボットで、サイズは幅約55cm×奥行き約55cm×高さ140cmとなりました。

3号機では、以下の技術を実現しました。

① 院内が混雑する日中でも安定走行できる世界トップレベルの自律走行

② エレベーターや自動ドアのインフラをスマート化によるロボットの完全自動走行・ロボットと人との相乗り

③ 病院のベッドや車椅子の患者さんが走行しやすい環境を創れるよう、ロボットを小型化

④ 川崎重工が開発した屋内位置情報サービス「iPNT-KTM」の組み込みにより、ロボットの現在位置を可視化

⑤ 荷室のサイズを、検体などの大きさや作業効率などに配慮して最適化

これらについて現在、最後の詳細な検証作業が続けられています。

藤田医科大学側のプロジェクトマネージャーである瀬戸孝一センター長は、フェーズ3で飛躍的なまでに実用化への道が拓かれたことについて川崎重工側の課題の抽出能力が極めて優れていたと語ります。

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瀬戸

「私たちはスマートホスピタルを実現するためにロボットの開発側から見た医療現場の問題点を挙げてほしいとお願いしました。その上で、看護部、検査部、薬剤部等々、多様な現場で精力的にヒアリングを実施して課題を整理し、それをロボットの機能として実現させるだけでなく、もう一歩踏み込んで一般論にまで敷衍(ふえん)してロボット開発を進めてくれました。その力には大変に驚かされ、かつ感銘も受けました」

スマートホスピタルの重要な一角をなすロボット活用

医療業務向けのサービスロボットは、いわゆる「スマートホスピタル」の重要な一角をなすものです。藤田医科大学は、スマートホスピタルに対して先進的な取り組みを進めている大学で、2022年度に掲げた「Fujita VISION 2030」においても目標値が定められました。

そもそもスマートホスピタルとは、「医療機関に求められている経営戦略の一つ」(瀬戸センター長)です。例えば電子カルテなどのIT化は浸透していますが、医療従事者の業務の効率化や来院される患者さんの利便性、医療の質の向上、医療データやシステムの連携などは完全と言うにはほど遠い状況にあります。

瀬戸センター長によるとスマートホスピタルは2つの領域、つまり医療業務そのものの改善や効率化と、多様なデータの連携などのデジタルトランスフォーメーション(DX)の領域で志向され、質の高い充実した医療行為を実現することを目的とします。

データのDXでは例えば、健診から治療、投薬、食習慣など一貫した情報基盤を創ったりすることも想定されています。

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瀬戸

「藤田医科大学病院は、地域の中核病院でもあり、地域の病院やクリニックと患者さんのデータを共有できるプラットフォームの構築といったテーマも、スマートホスピタルの重要な目標課題になってくるでしょう」

スマートホスピタルを促すのが、医療従事者の働き方改革問題です。2024年からは時間外労働時間の上限規制が設けられ、そのために業態管理について段階的に改善が求められています。また看護師は、2025年には状況次第では20万人も不足するとの予測もなされています。※1

スマートホスピタルの医療業務の改善や効率化に大きく貢献すると期待されているのが、業務の自動化、つまりロボットの導入です。川崎重工の自動PCR検査ロボットシステムの導入などにより、検査作業は自動化が少しずつ進んでいます。しかし手つかずにあるのが、今回のプロジェクトで検証が続けられている「運ぶ」という部分です。

特に大規模病院では、入院患者の検査や点滴投薬などのために大量の“院内物流”が発生しています。検体を運ぶ、薬を取りに行くといったことです。それは現在、ほとんどが看護師や助手などによって行われています。単に「運ぶ」ということならば人である必要はあるのか。瀬戸センター長は次のように語ります。

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瀬戸

「診察や治療、リハビリなどの行為は人でなければできません。しかし検査や輸送は代替が可能ならば代替し、スタッフは医療行為の充実に心血を注げられるようになれば、これこそ医療資源を大事に効率的に使っていることになります

※本画像は藤田学園ではなく、医療現場のイメージです

目まぐるしく変化する医療現場にロボットは対応できるか

ところがこれまでのフェーズ1~3の実証実験の内容でも分かる通り、医療という現場には想像を絶するほどの「環境の可変性」という問題があります。例えば、患者さんの状態次第でベッドの構成を変えたり、緊急の機材が持ち込まれて空きスペースがなくなったり、医療スタッフが密集することで視界が塞がれたり等々、一瞬として同じ状況が保たれることはありません。こうした環境の変化は、すべて人が柔軟に対応しています。

しかし現在のロボットには、変化する環境で柔軟に機敏に対応できる技術はまだありません。産業用ロボットがそうであるように、決められた位置に正確に物を運んだりするのは得意ですが、それは環境が変化しないことを前提にしています。

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絹川

「運ぶという行為は簡単な作業に聞こえますが、医療現場では搬送物を守らなければならないといった質を加味してロボットを開発しなければなりません。医療現場のニーズや課題はさまざまで、ロボットを投入しても現場でハレーションが起きることもあるでしょう。しかし、それこそが大事で、ハレーションつまり課題を踏まえながらカスタマイズし、現場の全体最適に鑑みそれが浸透する流れを生み出すことが必要なのだと思います」

その上で今回、3号機の実証を踏まえて市場投入に目途がついたことの意味は大きいでしょう。その最大のポイントについて絹川担当課長はこう語ります。

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絹川

「めまぐるしく環境が変化する医療現場にあって、世界最高レベルの自律・自動走行技術を導入できたことが最大の理由です。スタッフや患者さんが錯綜する中で安全に自律・自動走行ができ、そのデータが蓄積されればされるほど走行技術は洗練され、より安全で安定したものになるでしょう」

すべてがロボットにはならないが、ロボットが活躍する余地はまだまだある

医療現場ですべての作業がロボットに置き換わる訳ではありませんが、ロボット化できる領域はまだまだたくさんあります。例えば藤田医科大学では、薬剤師の業務軽減および調剤ミスの軽減のため、電子カルテのデータから川崎重工のロボットアームを利用して抗がん剤を棚からピックアップし、分注するシステムも準備しています。

スタッフとロボットが共存し、連携して患者さんに向き合う医療の未来について、瀬戸センター長はこう語ります。

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瀬戸

「まず病院のスタッフが、『これは便利だ』と実感してもらえるようになることが必要です。そのためにはやはり、ある程度の台数が投入され、いろいろな部署で便利さが見えるようにならなければなりません。その上で、一人ひとりの医療スタッフが、『なんのために医療現場にロボットが投入されているのか』について自分なりの価値観を確認できるようになること。ここまで行けば、後は浸透するのも技術革新もどんどん促されるようになるでしょう」

川崎重工の小倉担当部長もまた、ロボットによる課題解決に力をこめます。

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小倉

「自前主義にこだわらず、当社のロボットがある種のプラットフォームとなり、他社製のパーツを組み込んでロボットの機能が拡充され、医療現場の多様な課題に解決策を示せるエコシステムを構築したいと思います。また屋内位置情報サービス「iPNT-KTMで把握した人流・物流データをもとに最適なロボット投入台数やルート提言をしたいと思っています。ロボット提供に限らず、ソリューションを軸に提案できるのが当社の強みだと思っています」

ロボットが医療スタッフに寄り添い、スタッフはより患者に集中できる時間を確保する。医療へのたくさんの想いをロボットがしっかりと支える時代が見えてきています。

※画像はイメージです
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川崎重工業株式会社
社長直轄プロジェクト本部 
近未来モビリティ総括部 
グローバルマーケティング&セールス部
担当部長
小倉 淳史
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川崎重工業株式会社
社長直轄プロジェクト本部 
近未来モビリティ総括部 
システム開発部
担当課長
絹川 悠介
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藤田医科大学
研究推進本部
未来共創イノベーションセンター
センター長
瀬戸 孝一

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