都市の港でおいしい未来 川崎重工の水産養殖システム「MINATOMAÉ」

公開日2025.08.29

「世界人口100億人」時代の到来が近づくことで、食料の確保が全世界的な社会課題になっている。解決策のひとつである水産養殖システムの高度化に向け、川崎重工は多岐にわたる製品で培ってきたノウハウを結集し、水産業の持続的発展に貢献する。

海に囲まれた国だからこその「安全・安心な魚の供給システム」

食料安全保障において水産養殖によるタンパク質資源の確保は最重要テーマである。そこにまったく新しい着想による実用化の目処をつけたのが、川崎重工の「MINATOMAÉ(ミナトマエ)」システムだ。

「MINATOMAÉ」は、大都市近郊の港で水産養殖を可能にする技術だ。水産大手マルハニチロの協力を得て、25年1月からは、神戸市のメリケンパークに向き合う川崎重工神戸工場の岸壁でトラウトサーモン900尾の養殖を開始した。サーモンは、世界中で寿司ネタとして圧倒的な人気があり、たとえばノルウェーは最重要輸出品目として養殖場の大規模化を推進しているほどだ。

川崎重工がなぜ水産養殖なのか。実は水産養殖は、重厚長大型のさまざまな技術と相性が良い。「MINATOMAÉ」でも、①ガスタービンや鉄道車両などでのCFD(数値流体力学)による流体の解析とシミュレーション技術、②水処理プラントでの溶存酸素濃度の計測・解析技術、③同じく水処理プラントでの浄化技術、④LNGのタンク内で液体が揺れるスロッシングの制御技術などが統合されている。

「MINATOMAÉ」の企画者である佐野敦司・技術開発本部食料安全保障プロジェクトマネージャーは、「養殖事業者は海面で魚を育てるための多くの知見を持っていますが、海面で最適な養殖環境を創り出すための技術は持っていません。一方、私たちは、プラントエンジニアリングで培ったさまざまな洗練された技術を組み合わせることで、魚にとって快適な環境を構築できるのです」と語る。さまざまな技術が、従来とはまったく違う姿で私たちの食を支える基盤となる。

神戸のメリケンパークと向き合う川崎重工神戸工場の岸壁に設けられた養殖いけす

魚に負荷の少ない生育環境を創造する

「MINATOMAÉ」のいけすは、ビニールプールのような「海面閉鎖式」。海水は汲み上げられてろ過装置や紫外線(UV)などで殺菌されて魚にとって負荷の少ない成育環境が提供される。

半閉鎖式いけすと水質コントロールにより赤潮などの環境変化にも適応でき、飼育密度や生存率を比較的に向上させられ、かつアニサキスフリーの安全な養殖魚を提供できる。さらに近郊養殖の利点を生かした抜群の鮮度と明確なトレーサビリティを確保できる。

国内最高レベルの飼育密度6%を達成

「MINATOMAÉ」は、2022年からマルハニチロの協力を得て同社の漁場で4回の実証実験が行われた。2025年1月中旬から4月下旬までは5回目として川崎重工神戸工場岸壁で行われ、トラウトサーモンを海面養殖として国内最高レベルの飼育密度60kg/tonで育てた(海水30tに対して養殖魚の総重量1.7t)。養殖魚が出荷サイズの平均2kgに育ったところで水揚げ。成長スピードはほぼ想定通りで、3kgオーバーのものもあり、良好な結果が得られた。これらから「MINATOMAÉ」が飼育密度が高くても多くの魚を養殖できることを実証できた。それは同時に、輸送コストやエネルギー使用を削減して安定供給できる水産養殖が港や海岸近くでできることを意味していた。

2025年1月、池入れの様子。担当者の笑顔に、未来への期待がにじむ。

設備を大規模化して2027年ごろから本格事業化へ

神戸工場岸壁での実証実験はトラウトサーモンだったが、これまでにブリの養殖の実験も行っている。今後、生け簀の大規模化について検証を行い、2027年度からの本格的な事業化をめざしている。「魚を大きくすること」と「身に臭いがないこと」が養殖魚の品質の重要な要件とされるが、「MINATOMAÉ」は完全にクリアしており、2040年前後の売上高100億円を目標にしている。

900gだったサーモンは2㎏に成長。
身質もマルハニチロから太鼓判の評価
MINATOMAE_sanosan.jpg
川崎重工業株式会社
技術開発本部 テクノロジーイノベーションセンター 事業化推進部 基幹職
食料安全保障プロジェクトマネージャー
佐野 敦司 氏
PROFILE

「海洋分野の国際学会で偶然、沖合養殖のセッションを見て以来、これは川崎重工の技術が活かせる分野だと確信して事業提案を続けてきました。マルハニチロさんの協力も得られ、神戸工場岸壁での育成試験に成功しました。世界は人口100億人時代の到来を迎え、タンパク質クライシスや食料安全保障への関心が高まっています。一方で赤潮や高水温の影響で水産養殖事業は深刻な打撃を受けています。こうした事態に、都市の近くからでも安全で安心な魚を届けられるMINATOMAÉシステムを提供するのは、社会的にも意義の深い事業であると確信しています。『川崎重工の技術で育った新鮮な魚』が当たり前になる日を楽しみにしています」

MINATOMAE_fukumotosan (1).jpg
川崎重工業株式会社
技術開発本部 技術研究所 環境システム研究部 特別主席研究員(化学プロセス技術担当)
兼 テクノロジーイノベーションセンター 事業化推進部 食料安全保障プロジェクト 基幹職
福本 康二 氏
PROFILE

「私は化学分野の専門技術者として下水処理プラントの開発などに携わってきました。MINATOMAÉシステムは、川崎重工のプラントエンジニアリング力を活用して新しい水産養殖用プラントを開発するものです。このシステムにより、消費地に近い場所で、どの魚種でも、最適な成育環境で水産養殖が可能になります。自分たちが開発した設備が創造する環境下で魚たちが育っているのを見るのは、それは楽しいものですよ」

新着記事

ランキング

  • 1
  • 2
  • 3
この記事をシェアする

ニュースレター

ANSWERS から最新情報をお届けします。ぜひご登録ください。