もうひとつの「Kawasaki」 ーハブ・アンド・スポークの「主役」

公開日2020.01.31

高品質・高性能のスポーツモデルとして知られる「Kawasakiのモーターサイクル」。しかし、フィリピンではまったく別の「もうひとつの顔」を持っています。地元の人の手により生産・販売され、乗る人が楽しむのではなく、人を運ぶ足として活躍するモーターサイクル。Kawasaki Motors (Phils.) Corporation(KMPC)の取り組みを取材しました。

トライシクル本体車両の「業界標準」

「ライムグリーンのKawasaki」と呼ばれ、高品質・高性能のスポーツモデルとして知られているKawasakiのモーターサイクルですが、フィリピンでは現地の人々の暮らしに密着し、その足となっている別の「顔」があります。フィリピンで生産・販売されている「BarakoⅡ」などが、「トライシクル」と呼ばれる三輪タクシーの本体車両として圧倒的な支持を得ているのです。

フィリピンは2012年以降、国民総生産(GDP)が年率6〜7%の成長を続け、国民1人当たりのGDPは2018年に3,104ドルになりました。1人当たりのGDPが3,000ドルを超えると、家具やモーターサイクルなどの耐久消費財が急速に普及するといわれています。実際、フィリピンの業界団体MDPPAによれば、モーターサイクルの輸入車を含めた販売台数は2012年の約70万台から2018年には159万台にまで増え、なお勢いを保っているといいます。

しかしながら、モーターサイクルを通勤の足などとして購入できる層はまだ多くありません。約1億人の国民の所得分布を見れば、71%が月給1万5,000ペソ(1ペソ=2円)以下の暮らしを強いられています。1万5,000ペソから5万ペソまでの人が20%で、いわば中流層にあたり、この層がモーターサイクルを購入し始めていますが、それでもなお多くの人たちの身近な移動の足となっているのがジープニーとトライシクルで、両者によりハブ・アンド・スポークのような交通網が成り立っているのです。

米軍払い下げのジープを改造して長く伸ばしたというエピソードがあるジープニーは、20人ほどの客を乗せて市街地を走る乗り合いバス。そして人々の暮らしの一番近くにあり、低料金でバスやジープニーの停留所といったハブまでのちょっとした移動で身近な足、即ちスポークになっているのがトライシクルです。

トライシクルドライバーから圧倒的な支持と信頼を得ている「BarakoⅡ」。2013年に投入されました

トライシクルは、モーターサイクルにサイドカーを付けた三輪タクシーで、フィリピンには250〜300万台あるといわれています。2019年第3四半期の販売実績では、「BarakoⅡ」などのKMPCで製造されたモーターサイクル製品が、トライシクル本体車両としてのシェアで50%を超え、メーカー別の前年比では唯一、増加を続けています。

マニラで30年間、サイドカーをつくっているレチトゥト・バウチスタさんは、「フィリピンでは、地域毎にサイドカーの形が決められているのですが、いずれにしてもサイドカーの製造者はBarakoへの装着を前提に設計しています。Barakoはトライシクル本体車両の業界標準ともいえるような存在なのです」と語ります。

Barakoはトライシクルの本体車両として、なぜ大きな信頼を得ているのか。その背景にあるのが、フィリピンの交通事情や経済事情に配慮した設計と、それをフィリピンの人たちの手で生産・販売しているKMPCの地元に根ざした地道な取り組みです。

KMPC本社

「Barako マティーバイ!」

トライシクルは、街を数キロメートルの範囲で区切った営業エリアが決められており、基本的にはエリア内を周遊する形で営業しています。基本運賃は7ペソからで、最長でも30ペソほど。

自分の車両を持たないドライバーは、「オペレーター」と呼ばれるオーナーから車両を借り、1日150ペソのレンタル料を支払って商売をしています(「バンダリー」といいます)。1日の売上は多い人で1,500〜2,000ペソ。ここからレンタル料を支払い、ガソリン代も出します。収入は多額ではありませんが、それでもなおドライバーは走るのを止めません。経済格差が大きいなかで、まず就ける職がバンダリーのトライシクルドライバーだからです。

ジープニーの停留所に続々と到着するトライシクル。 自宅周辺からの「ハブ・アンド・スポーク」の足を担っています

営業エリアそれぞれには、TODA(Tricycle Operators & Drivers Association)という事業団体の支部があり、営業許可の申請事務などを担っています。

1,200人のオペレーターやドライバーが所属するマニラ・マカティ支部のアルビン・ニエブレス支部長は、「私自身もそうでしたが、貧しい者にとって、夢の入口がトライシクルなのです。まじめに働き、お金を貯めて自分の車両を持ってバンダリーから抜け、2台目、3台目と車両を増やせればオペレーターとしてレンタル収入が増えて豊かになっていく」と語ります。そして、「今、誰もが手に入れたいと思っているのがBarakoⅡだね。10台も所有して大成功している人もいるよ」とも語ります。

マニラ市郊外のトライシクルターミナル

BarakoⅡは、2013年に発売されました。175CC、4ストロークのSOHCエンジンを積んでいます。2004年に発売された初代Barakoよりもパワーは15%アップ。燃費は1L当たり57kmで、初代に比べると13%改善されています。

KMPCで営業と顧客サポートを統括するクリスティーナ・ドバル・サントス 副社長は、「BarakoⅡに誰もが憧れるのは、パワフルでタフで、品質が良く、そしてKawasakiブランドに対する安心感があるからです」と説明します。実際、Barakoに乗っている多くのドライバーに聞いても、「matibay(マティーバイ)」という言葉が必ず出てきます。「頑丈」という意味です。

TODAを通じた地道な啓蒙活動

トライシクルは、サイドカーだけでなく運転席の後方シートにも客を乗せて走ります。サイドカーを取り付けている支柱にぶら下がる客もいて、多い時だと5〜6人を運びます。またフィリピンの道路事情は決して良くはありません。

「厳しい条件下にあってもBarakoは、黙々とドライバーに貢献する車両です。これだけのパワーと丈夫さを兼ね備えた競合製品はなく、1台が8万ペソ台と価格が高くても買っていただけるのは、元が取れるからです」(ドバル・サントス副社長)。

Barakoの人気の高さと信頼の厚さは、品質の高さと同時に、トライシクルドライバーたちへの地道な支援にも理由があります。TODAをベースにした「教育・啓蒙活動」です。各地のTODA支部を訪ね、ドライバーに製品紹介だけでなく、故障時の対応、安全運転教育などを続けています。

KMPC本社に併設されているサービスセンターでは、修理の様子を見られるようにして顧客との信頼関係づくりにも配慮しています

フィリピンではディーラーは、購入時のローン設定なども含めて顧客に絶大な影響力を持っています。KMPCは、提携する2,500のディーラー系店舗に専任の担当者を配置。経営や販売の支援と技術情報の共有を図っています。

「ディーラーのビジネスが持続的であることが、トライシクルドライバーの商売も持続的にする」(ドバル・サントス副社長)からです。

ディーラーの最大手、モータートレード社「マニラ・ドニア・ソレダッド通り店」の店長、ティモテオ・レイチェルさんは、「毎月50〜60台のモーターサイクルを売りますが、その2割をBarakoが占めます。指名買いがほとんどで、出力の大きさや品質の良さだけでなく、KMPCの地道な販促活動が、Kawasakiブランドへの憧れと信頼を育んでいるのです」と語ります。

モータートレード社の店舗で、お客様がまず試乗するのがBarakoⅡです

現地のニーズに最新の技術を盛り込むものづくり

初代Barakoの開発は兵庫県明石市に拠点を置く川崎重工モーターサイクル&エンジン(MC&E)カンパニーの技術本部が担いましたが、BarakoⅡとして進化させる役割は、より市場に近いタイの生産販売会社であるKawasaki Motors Enterprise (Thailand) Co., Ltd.のR&D部門が引き継ぎました。KMPCを通して、現地のニーズに耳を傾けながら、フィリピンで理想的な実用車とは何か?ということを突き詰めて開発したのがBarakoⅡです。

例えば規制対応のため初代Barakoで採用した4ストロークエンジンの熟成を図り、より中低速での牽引力と燃費を向上させ結果的にドライバーの収益力を高める流れをつくりました。後輪部分は、大きな荷重や悪路にも耐えられるように左右2本ずつのダブルサスペンションにしました(ちなみにマニラは深刻な水不足で、飲料水の販売業者は、重い水を宅配するためにBarakoに荷台を付けて走らせています)。

またキックスタートを容易にするKACR(Kawasaki Automatic Compression Release)も装備しています。トライシクルドライバーが集まるターミナルでは、客を乗せるとすぐにキックスタートして出発する姿が見られる。紙に当てたペン先からスムーズにインクが出るように、難なく動けるようにするところに性能の確かさがあります。

そして、性能をフルに発揮する品質を具現化しているのがKMPCの製造部門です。KMPCでは、正規従業員約470人と期間工約400人が働いていますが、このうち約620人が製造を担っています。フィリピン経済の成長と共に製造台数が急増しており、KMPCではBarakoや他の車種で年間25万台に達しています。製造台数では、川崎重工MC&Eカンパニーが世界に持つ工場では最多を誇っているのです。

組立ライン最終段階。BarakoⅡが、そのりりしい姿を見せます

生産部門を統括するKMPCの山口正治 社長補佐は、「市場が急拡大したために、3年前は年間17万台だった生産台数が短期間で25万台とフル生産状態に入り、かつて遭遇したことのない状況のなかで、生産の安定化や効率性を維持していくために、もう一段上の工場の力量づくりを進めています」と語ります。

KMPCでも徹底されているのが「KPS(Kawasaki Production System)」。5Sから始まり、ライン停止などの要因を徹底的に排除する作業が続いています。また毎年20名程度を明石工場に派遣し、川崎重工のものづくりの思想を学んでもらう取り組みも続けてきました。

KMPCでの車体フレームの溶接作業。 頑丈な車体づくりの最初の重要プロセスです

正規社員の場合、作業員からラインリーダー、リードマン、スーパーバイザーへと昇格していきますが、「優れたスーパーバイザーが育ち、彼らの力によって工場が回っています。今は、リードマン、ラインリーダーを、どんどん底上げしていき、自発・自律型の改善意識を育てるのが課題です」(山口社長補佐)。

ちなみにKMPCは、エンジンや燃料タンクなどの一部の部品を内製していますが、基本はノックダウン、完成組立の工場です。そのため部品在庫が膨らむ傾向があります。一方で販売部門もあるので、売れ筋の急変に応じた柔軟な製造体制が求められます。

この相反する課題にはリードタイムの圧縮と、川崎重工MC&Eカンパニーが構築した明石・フィリピン・インドネシア・タイの各工場をつなぐ「グローバル生産部品表管理システム(MBOM)」が功を奏しています。「MBOMがあるからこそ現在のような量産体制を維持でき、品質の高いBarakoを送り出せています」(山口社長補佐)。

Kawasakiのモーターサイクルに流れる開発理念「RIDEOLOGY」では、3つの想いを掲げています。そのひとつに「強さと優しさを共存させる」があります。Barakoの製造と販売は、フィリピンの人たちの手によるフィリピンの人たちのための、スポーツ用途とは違う「強さと優しさの共存」を目指しているのです。

KMPCはノックダウン工場ですが、車体フレームや燃料タンクなど一部部品を内製しています。上の写真は、タンクの溶接のバリなどを除く作業
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Kawasaki Motors(Phils.) Corporation(KMPC)
社長
西澤 久志

インフラ整備がまだ十分でなくても、期待に応えられる製品を届けています

KMPCは2018年に創立50周年を迎えました。そもそもは川崎重工が設立した会社ではなく、ある日本人実業家がフィリピンの人たちに移動の足を提供しようと願い、この地の企業と設立した合弁会社が前身です。その後、販売だけでなく製造への進出があり、1996年に川崎重工が株式の過半数を取得して子会社としました。

私は、この間の経緯は、KMPCの事業使命を明確に示しているように感じます。つまりKMPCは、まだ十分に整備が進んでいない道路事情や、そこでのモーターサイクルの使われ方などを知った上で、フィリピンの人たちの生活に役立てるモーターサイクルを開発・製造していかなければならないのです。

私たちの事業使命の象徴になっているのが「Barako」です。人々の日常の足として活用され、不可欠とも言えるトライシクルのドライバーたちに圧倒的な支持を得ているモーターサイクルです。排気量が大きいので他製品に比べると高価ですが、頑丈で故障が少ないので着実に元が取れる。フィリピンでは新しい製品よりも信頼性の高さが問われます。トライシクルドライバーにとって本体車両の信頼性は、自分たちの生活に直結しているのですから当然のことなのです。そうしたモーターサイクルを、日本の設計技術の力を発揮しながらフィリピンの人たち自身の手でつくり、届けています。

今、フィリピンでは経済成長に伴ってモーターサイクルの販売が大きな成長を続けています。そこでKMPCは、競合他社にはない製造と販売の両面において戦略的なマネジメントを確立しようとしています。

製造では川崎重工のKPSの思想を、より成果があるものにする努力を積み重ねています。ムダ・ムリ・ムラの徹底排除を核として、何が課題なのかを自立的に把握し、有効な対策を練る姿勢が着実に育まれています。毎年11月に開かれる「改善発表会」には、前のめりとも言えるほどの熱意が注がれるようになりました。

一方、販売では、副社長のドバル・サントスさんらの地元のスタッフにより、フィリピンの実情に即し、地元に根付く数々の施策を実践しています。ディーラー支援やTODAでのドライバーへのサポートなど、どれもが「WIN-WIN」の関係性の構築をめざし、実際そのような成果をあげていることに誇りを感じています。

エンジン組立は、ほぼ女性だけでなされている。 KMPCでは、女性の雇用や登用にも力を注いでいる
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Kawasaki Motors (Phils.) Corporation(KMPC)
副社長
クリスティーナ・ドバル・サントス
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Kawasaki Motors (Phils.) Corporation(KMPC)
社長補佐
山口 正治
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モータートレード社
マニラ・ドニア・ソレダッド通り店
店長
ティモテオ・レイチェル

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