世界一環境に優しい製紙工場へ。ガスタービンコジェネで挑む脱炭素

公開日2023.03.29

「世界で一番環境負荷の低い製紙工場を目指す。」
2020年夏。段ボール原紙製造会社Kraft of Asia Paperboard & Packaging(KOA)は、来たるべき脱炭素社会を見据えて、ベトナムにサステナブルな製紙工場を建設しました。稼動に必要なエネルギーを作りだすのは、高砂熱学がEPCとして設計・施工し、川崎重工製のガスタービンを採用したコージェネレーションシステム(CGS)。ベトナム初の天然ガスを燃料としたCGS設備を導入した背景には、産業の明日を見つめる視線がありました。

Kraft of Asia Paperboard & Packaging Co., Ltd
General Director
松村 浩
高砂熱学工業株式会社
国際グループ事業統括部 
担当課長(カーボンニュートラル担当)

古賀 秀哉
川崎重工業株式会社
エネルギーソリューション&マリンカンパニー
エネルギーディビジョン
エネルギーシステム総括部
発電プロジェクト部 営業技術三課 担当課長
鳥居 剛志

ベトナム初となる天然ガスのコージェネレーション設備

ホーチミン市からクルマで約1時間。ベトナム南東地域の「海の玄関口」といわれるバリア=ブンタウ省は、沖合に大規模な油井とガス田を有しています。この恵まれた環境に立地しているのが、フーミー3特別工業団地です。日本の丸紅株式会社100%出資による段ボール原紙製造会社Kraft of Asia Paperboard & Packaging(KOA)は、この地にベトナム初となる天然ガスを燃料としたCGSを導入したプラントを建設。高砂熱学が設計・調達・建設などのEPCを手掛け、キーコンポーネントとなるガスタービンには川崎重工製の「GPB80D」が採用されました。

コージェネレーションシステムとは?

コージェネレーションシステムとは、1次エネルギー(燃料)を使用してガスタービンを駆動し、複数の2次エネルギー(電気、蒸気など)を連続的に取り出すシステムです。ガスタービンのコージェネレーションシステムは、1次エネルギーに燃料を用いて、複数のエネルギーを生み出すことによってエネルギーの有効利用を図り、さらにガスタービンを駆動源とすることによって、NOxの発生量を抑え、環境負荷の低減に応えています。

4〜5年前までベトナムでは、製紙工場といえば石炭ボイラで電気をつくることが当たり前でした。天然ガスは石炭に比べてコストがかさむため、なかなか選択肢にあがりづらかったと、同社の松村 浩社長は語ります。ベトナムに新しい製紙工場を建設するプロジェクトが検討され始めたのは2013年のこと。その段階で、なぜ松村社長は天然ガスを選ぶ決断をしたのでしょうか。

松村

当初は、周囲からも『製紙工場はエネルギーコストが重要であり、石炭での発電はやむを得ない』との意見が支配的で、省政府からの製紙工場建設許可は石炭のコジェネで取得しました。しかし、10年、20年先を見据えれば、地球温暖化の問題から目をそらすことはできません。製紙工場について豊富な知見をもつ先輩からも『誰がなんと言おうと石炭は絶対に止めなさい』という言葉をもらい、新工場を稼動するエネルギーには石炭に比べて圧倒的にCO2排出の少ない天然ガスを使う決断をしました。省政府からも当社のこの決断にとても感謝されました。

ベトナムでは、工業化や人口増などにより、直近10年間でCO2排出量が増加の一途を辿っています。※1その動きを転換するべく、同政府はCOP26において2050年までにカーボンニュートラルを達成することをコミットメントとしました。その高い目標に向けて、急速に技術開発や法整備が進められています。

ベトナムの年間CO2排出量の推移
松村

外資企業を中心に、脱炭素化に向けた動きがこの1年くらいで出始めました。したがって、数年前に天然ガスを選択し、実行できたことは、今や私どもの工場の最大の強みとなっています。天然ガスから、電力と蒸気の両方を作ることができるCGSを採用することで、KOAの工場は同業他社と比較すると、CO2排出量を半分に抑えることが可能になりました。これほど環境負荷の低い製紙工場はベトナムにはありません。

石炭と天然ガスのエネルギーコストは同等

一般的に、石炭よりもコストがかさむといわれている天然ガス。しかし、松村社長はその見方に疑問を呈します。

松村

丸紅は、石炭と天然ガスのそれぞれを燃料として発電する設備を導入した2つの製紙工場を日本に持っています。プロジェクト検討当時の燃料市況を前提に見てみると、紙を1トン作るのに必要な両工場のエネルギーコストは、実はあまり変わらなかったんです。

天然ガスを利用したCGSには、①操作性の良さ②負荷変動への優れた追随性※2③起動停止の速さ※3④安全性の高さ、といった特長があります。さらに、初期投資のコストが抑えられるのも強みである、と松村社長は付け加えます。

松村

石炭システムは、ボイラそのものが大型であり、石炭の貯蔵場所や、廃棄した灰の処置にもスペースを割かなければいけません。天然ガスのCGSに比べて4倍ほどの場所をとるイメージです。さまざまな面で天然ガスCGSのほうが有利である、ということは日本の工場の実績である程度は分かっていました。

そのほか、ガスタービンの素早い起動及び停止のおかげで、週に一度のメンテナンス時間が削減。火災のリスクを伴う石炭倉庫の設置も不要になります。ただ、ベトナムでは前例がないことや、製紙工場特有の課題もあったといいます。

松村

紙は薄いため、生産中に機械の中で切れてしまうことがよくあります。その切れた紙は、ペーパーマシンの下にある古紙を溶かす装置へ落ちる仕組みになっています。つまり、紙が切れると溶かす装置のモーターが一気に回りだして電気の使用量が跳ね上がるのです。そういった挙動の変化にどのように対応するかが課題でした。そんな時、手を挙げてくれたのが高砂熱学でした。

エンジニアリング会社として参画した高砂熱学の古賀 秀哉さんは、特に製紙工場において、天然CGSの特長がメリットになると語ります。

古賀

お客様の経験や課題をお聞きし、負荷変動への追従性に優れ、設置スペースもコンパクトなガスタービンを中心としたシステムが、製紙工場に適していると判断しました。その中でもガスタービンは、近隣のマレーシアにメンテナンス工場があり、ベトナムでのサポートも受けることができる川崎重工製を採用することにしました。

※2:絶えず燃料と空気の混合・圧縮・着火燃焼による高速回転が生み出されるガスタービンでは、連続状態で燃焼が行われており、負荷変動があった場合でも燃焼状態に影響が及びにくい機構になっています

※3:気体である天然ガスの特性を活かし、燃料を高圧化することで、石炭では実現し得ない着火性を実現させることで、起動時間を短縮しています

CGSの稼働状況は、常に最適な状態に管理されている
従来型のエネルギーシステムとCGSの環境負荷比較例
従来型のエネルギーシステムとコージェネシステムの経済比較例

次なる目標は、水素への転換

今回導入された天然ガスCGSは、発電出力7MWクラスの「GPB80D」。川崎重工の営業技術担当としてプロジェクトに携わった鳥居 剛志さんは、KOAの製紙工場に適切なシステムを提案できたことも、プロジェクト成功の要因だと語ります。

鳥居

ベトナムの外気温は平均28度なので、1台あたり6.7MW、2台導入しているので合計13.4MWの発電が可能です。蒸気は時間あたり全体で80トンの供給が可能です。製紙工場に必要な電力と蒸気のバランスに合わせて供給できるのが特長です。高砂熱学さんと行った工場での試運転では、電力と蒸気、合わせて90%超の高効率という結果を得ることができました。

天然ガスCGSを利用して、高効率のエネルギー利用を達成したKOAの製紙工場。次なる目標は、水素を用いてCO2を一切排出しない完全クリーンな工場運営を実現することです。水素燃料にも対応する川崎重工のガスタービンを活用できないかと検討を着々と進めています。小さいガスタービンで水素と天然ガスの混焼を可能にすることからスタートした川崎重工の水素ガスタービン開発は、すでに水素100%で利用可能な燃焼システムを実現。現在は、徐々にサイズの大きなガスタービンへの適用拡大を行っており、すでにお客様へ製品を提供できる段階まで来ています。開発にあたり、ポイントとなる燃焼方法について鳥居さんはこう語ります。

鳥居

水素は軽くて燃焼速度が速く、着火しやすいガスです。安定した燃焼を実現するべく、キーとなる燃焼器開発に注力すると共に、水素利用に適したガスタービン発電装置を構築しました。また、お客様が天然ガスから水素への転換をしやすいよう、水素ボリュームに応じた提案パッケージを構築する必要があると考えています。

例えば、水素100%の専焼となると水素の使用量も膨大になるため、全量を確保することが難しい、というお客様には混焼システムを提供するなど、川崎重工では供給される水素のボリュームに合わせたメニューを用意していく構想を固めています。

また、水素を活用するにあたっては、エンジニアリング会社である高砂熱学にも乗り越えなければいけないハードルがあります。

古賀

ベトナムでは、水素を利用する上での法律や制度が完全には整っていません。例えば、火災などの予防について、当局からの指示は不明瞭です。普段以上に一つひとつ確認をしなければいけません。前例のない取り組みですので、ルールを一から作っていく難しさがあるのです。要求される仕様を満たしながら、安定したエネルギーを提供できる設備の構築を進めています。

松村社長の頭の中には、すでにコージェネレーションの燃料を水素にスイッチする未来予想図が描かれています。

松村

フーミー3特別工業団地近隣には化学プラントがたくさんあり、その中には、製品の生産過程にできる水素を捨てている会社もあるのです。その水素の量が、我々のガスタービンの使用量にほぼ匹敵することも分かったので、今は水素ガスを提供してもらう方向で調整を進めています。

KOAでは、2025年に予定しているオーバーホールのタイミングで、少なくとも2基のうちの1基を水素に切り替える予定だといいます。実現すれば、稼動のタイミングによっては世界初、少なくとも東南アジア初の「水素で動くガスタービンシステムを導入したプラント」になる可能性があります。

松村

私どもは、すでにお客様に向けて『水素コージェネをやる』と宣言済みです。我々が目指しているのは、世界で一番温室効果ガスの排出が少ない製紙工場。CO2をどんどん排出しながら電気を起こして工場を回すという産業のあり方は、もう終わりにしなければなりません。KOAは、その先陣を切る存在でありたいんです。

フォアランナーとして、脱炭素化の流れを作る

天然ガスから水素への転換。次なる大プロジェクトに向けて、KOA、高砂熱学、川崎重工の3社は、どのような未来を見つめているのでしょうか。

古賀

前例のない取り組みにチャレンジすることは、困難である一方、成功すればそれがルールになるという面白さがあります。水素という次のハードルを一緒に越えていくパートナーとして、KOA、川崎重工とともに進んでいきたいと考えています。お客様が『やろう』と感じていただけるよう、先んじて準備を進め、情報を頻繁に共有することで、『いつでも出来ますよ』という体制を早めにつくっていきたいと思います。

鳥居

ベトナムの電力会社は財政的に厳しく、電力を安定供給するための設備投資や、電力を増やすための拡張などにお金が回せないという実情があります。ですから、KOAのように、民間が自前で投資して分散型電源を活用することは、電力不足への貢献につながっています。しかもそれがCO2フリーのシステムであれば、ベトナムという国全体にとって喜ばしいことなのだと思います。

松村

『2050年に温室効果ガス排出をゼロにする』というベトナム政府の約束の一部に、我々もコミットしていくことになります。それには水素ガスタービンが大きな武器になると信じています。それに、1社がやれば、2社、3社目が続いてくる可能性もある。そういう流れができていくことは、大きな意味でベトナム社会へ貢献することにつながると思います。

ベトナムで初めて導入された天然ガスタービンコージェネレーションは今、世界初の水素ガスタービンコージェネレーションへと進化を遂げようとしています。産業の明日を見据えながら、前例のない領域に挑む3社の姿勢が、脱炭素に向けた大きな流れを生み出していきます。

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