トヨタ×川崎重工「水素」で目指すカーボンニュートラル

公開日2023.03.17

カーボンニュートラルの実現に向けた1つのアプローチとして、「水素」に注目が集まっています。水素は使用時にCO2を排出せず、究極のクリーンエネルギーとして活用できる可能性を秘めています。

トヨタ自動車は、1990年代初頭から水素技術に視線を注ぎ続けてきました。そして2014年に世界に先駆けて水素タンクを積んだ量産燃料電池自動車「MIRAI(ミライ)」を発売。また、2016年頃からは水素エンジンの開発にも注力しています。

川崎重工は、約40年前から水素の技術に挑戦し、2010年度からは次世代エネルギーとしての水素に注目。長年にわたり蓄積された技術力・総合力で、水素を「つくる」「はこぶ」「ためる」「つかう」という、一貫した水素サプライチェーンを構築するためのコア技術開発を進めています。

カーボンニュートラルの実現に向けて、果たして水素はどんな役割を果たすのでしょうか。両社で水素プロジェクトの最前線に携わるキーパーソンにお話をうかがいました。

※マスク着用や一定距離の確保など、感染対策を徹底し、対談・撮影を実施しています。

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トヨタ自動車株式会社
CVカンパニー
水素基盤開発部長
吉田 耕平 氏
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トヨタ自動車株式会社
事業開発本部
新事業企画部 部付 主査
乾 文彦 氏
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トヨタ自動車株式会社
CVカンパニー
水素製品開発部 水素製品開発室
水素エンジン開発グループ 主任
春名 泰宏 氏
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川崎重工業株式会社
水素戦略本部
プロジェクト総括部
プロジェクト開発部 二課長
長谷川 卓 氏
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川崎重工業株式会社
水素戦略本部
プロジェクト総括部
プロジェクト推進部 一課 主事
八木 さやか 氏

「水素×トヨタ」、「水素×川崎重工」の原点を振り返る

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八木

当社は約40年前の1978年に、秋田の東京大学能代ロケット実験場に液体水素ロケットエンジン燃焼試験設備を納入し、約30年前の1987年には、種子島宇宙センターにロケットの燃料用として、液化水素貯蔵タンクを建設しています。以降、液化水素を扱うノウハウを蓄積し続け、2010年には水素エネルギーサプライチェーン構想を提案。現在は水素でカーボンニュートラルを実現すべく、全社をあげて水素に取り組んでいます。

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吉田

じつは、トヨタ自動車が燃料電池開発を始めた頃の、ユニークなエピソードがあるんですよ。

私たちは、1992年に水素を使った燃料電池のプロジェクトをスタートしました。1990年に米カリフォルニアで「ZEV法」が成立するなど、自動車業界全体でエネルギー問題への対応が迫られ始めた頃です。

で、これは大先輩から聞いた話なのですが、1994年に、中村健也氏(*1)が当時の塩見正直常務に宛てた手紙というのがあって、そこで、「ニッケル・水素バッテリーと燃料電池の組み合わせに最後の解があるかもしれない」と、水素の重要性を説いておられたのです。

*1:初代クラウンの生みの親。トヨタの開発生産体制の基盤を築いた名技術者。

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長谷川

2000年前後というと、京都議定書(COP3)でちょっと触れられてはいたものの、CO2問題はまだそこまで取り沙汰されていない頃ですよね。その時代に水素に取り組まれていたのですか。

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吉田

ええ。今でも、2030年、あるいは2050年という未来を議論しているわけですが、1990年代に、その未来を見通していた先輩がすでにいたわけです。

私が入社した2000年には、21世紀に向けて、クルマの燃費をもっと良くしようという大きな流れのなかで、プリウスに代表されるハイブリッドとディーゼルという2つの柱がありました。代替燃料にも取り組んでいましたし、燃料電池も、もちろん重要な技術の1つです。「普及してこそ環境への貢献である」というトヨタの方針もあり、なんとか量産車として世に出したいという想いでそれぞれが頑張って開発をしていました。

自動車メーカーと重工メーカーが見つめる水素の「今」

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八木

川崎重工では、水素を「つくる」「はこぶ」「ためる」「つかう」の4つのフェーズで独自の技術開発を行っています。「つかう」の側面ですと、もともとガスタービンで培ってきた水素の燃焼技術を、航空機や船舶、モーターサイクル用のエンジンに適用して、さまざまな自社製品に適用できるよう開発を行ったりもしています。

また、「つくる」「はこぶ」「ためる」では、豪州に大量に存在する褐炭から水素を製造し、世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」で日本へ液化水素を輸出する世界初の実証プロジェクトを実施するなど、日豪両政府のご支援の下、岩谷産業さん・シェルジャパンさん・電源開発さん・丸紅さん・ENEOSさん・川崎汽船さんと7社で協力してサプライチェーン構築のための取り組みを進めてきました。

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吉田

「つかう」といえば、水素って、それそのもので使ってもいいし、水素からできた炭化水素や電気を使ってもいいんです。それぞれに向き・不向きがあって、使い方やアプリケーションによってベストな解は変わってくるんです。

例えば、FCEVも水素をみんなで使うための手段の1つです。現在開発を進めている水素エンジンもそう。このようなさまざまな選択肢がこの10年で増えていて、どれがベストなのかはまだ誰も分からない。だからこそ、「これが正解だ」と決めつけてしまうのではなく、選択肢を狭めることなく進めていくことが大事だと考えています。さまざまな選択肢に挑戦をしていくという観点に立つと、水素社会の実現は、一社では絶対にできません。これは確実に言えると思います。

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長谷川

2017年に13社で立ち上げたハイドロジェンカウンシル(水素協議会)は、いまや140社以上が参加する団体になりました。最初の共同議長としてその礎を築いてこられたのがトヨタさんです。

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吉田

さまざまな会社が、将来に向けて何かやらなければいけないということを考えていて、それを話し合うことができる“会議室”が必要だった。それがハイドロジェンカウンシルであり、水素バリューチェーン推進協議会(JH2A)なんだろうと思います。誰かの助けを必要としていたり、誰かのチカラになれる技術を持っている会社が集まって、それぞれの意見を出し合う場所になっていると思います。

水素バリューチェーン推進協議会とは?

水素バリューチェーン推進協議会(JH2A)は、水素分野におけるグローバルな連携や業界横断的かつオープンな取り組みで水素サプライチェーンの形成を推進する団体。社会実装プロジェクトの実現を通じて早期に水素社会を構築する目的で2020年に設立された。

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JH2Aはまだ立ち上がって2年ほどですが、88社から始まって、現在は300を超える企業が参画しています。民間主導の団体なので、将来的な社会実装や事業化を見据えて、そこから逆算したときに何が必要なのかを考えています。

ユニークなのが、例えば水電解(水を電気分解して水素を製造する方法)、普段はライバルとなる企業たちが互いに意見を出し合うなど、さまざまな会社が同じテーブルについているという点です。また、電力を供給する電力会社から、電気から水素を作る、作った水素を届けるサプライチェーン、そして最後のユーザーまで、上流から下流までをつなげて課題解決に取り組んでいるのも特長です。

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長谷川

もう1つ付け加えると、水素には、危険なんじゃないか、あるいはコストアップにつながるんじゃないかといったさまざまな不安を抱いている方々がいます。それを、みんなで知恵を出し合いながら共に解決していくという活動も必要だと思っています。ですからJH2Aは、普段はライバル同士の会社が、ゴールに向かって何か一緒にできることはないかということを膝詰めで議論できる場所にしていきたいと考えています。

「水素」で走り始めたトヨタと川崎重工のコラボレーション

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八木

2021年には、トヨタさんのスーパー耐久レース(S耐)で使われた燃料の一部に、豪州の未利用資源「褐炭」から作られた水素が使われました。この豪州産水素は、電源開発さんが製造・空輸し、当社と岩⾕産業さんが協力して豪州から鈴鹿まで運び、提供したんです。

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長谷川

S耐を見ていると、やはりこれは“ショーケース”なんだと実感します。水素って皆さまにはなかなか見えづらいんですよね。でも、水素で走るクルマがS耐というレースの舞台で走っている姿を見られるとなると、リアリティが全然違う。社会認知度が飛躍的に向上します。それはトヨタさんだからできることです。

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八木

トヨタ製品って、一般消費者のすごく近くにいますよね。だから、水素がどういうものなのか、安全はどうなのか、といったことを社会に広く知ってもらえるという点で、トヨタさんの果たす役割はとても大きいのではないでしょうか。

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吉田

「誰にとっても身近なもの」というところに、クルマの良さがありますよね。水素を使ってクルマが走るんだったら、その水素はどこで充填するの?その水素はどこで作るの?誰が運ぶんだろう?とみんなが想像できる。社会や暮らしの中に水素が入っていく道筋を、人々にイメージしてもらう役割を果たしているのかなと思います。

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春名

単に水素エンジンのクルマが走っただけでは、あまりお客さまの印象には残らないと思うんですよね。でも、レースでは水素を「つかう」と「はこぶ」がセットになっています。だからこそお客さまが水素をより身近に感じ始めてくれている、と実感しています。

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長谷川

S耐の活動を見ていてもう1つ感じるのが、開発スピードの速さです。最初は水素エンジンを搭載したカローラが実走行できたというところから始まり、それが航続距離を伸ばす取り組みにステップアップし、今は液体水素を載っけましょうというところまでやってきた。すごいスピードで「次」が出てくるなという印象です。

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春名

S耐では、レース車両に撒いておいた“種”をすぐに回収し、2〜3か月後に行われるレースに改善策を盛り込んだマシンで対応するというサイクルで進めています。我々はこれをアジャイル開発と呼んでいます。レース車両ではありますが、じつは市販化に向けた技術も多数仕込んでいますし、レースで培ったノウハウは市販車両開発に生きてきます。

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長谷川

2〜3戦後に改善したマシンを投入できるというのは驚きです。エネルギーのサプライチェーンを作るとなると、大体10年単位の時間がかかります。クルマづくりとはスパンがまったく異なるわけですが、トヨタさんの開発のスピード感はおおいに参考にすべきところがあると考えています。

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吉田

かたや川崎重工さんには、長期的な視点で仕事をするという難しさがあると思います。LNGにしても水素にしても、はるか遠くに見えるゴールに対してしっかり前進し続けていく。これはやはり我々の仕事にはない難しさだと思います。よりクリアなビジョンや理念、思想がないとできないのではないでしょうか。

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長谷川

LNG運搬船もそうでしたが、「答えはこれだ」と信じて進めた結果、成功体験を収めている先人が当社にはいます。10年、20年のスパンで製品群を扱っていく我々にとって、彼らの成功体験、すなわち「大丈夫、これが正しいんだ」という導きは助けになっていると思います。

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八木

ところでS耐ですが、我々川崎重工は2023年のシーズンでも、岩谷産業さん・Jパワーさんと協力して豪州から船で運搬した水素をトヨタチームへ提供する予定です。

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春名

そして、それをエネルギー源として用いる水素直噴エンジンを搭載したGRカローラで私たちは戦います。ぜひ注目していただきたいのが、今シーズンは液体水素を燃料として使うマシンを投入するということ。期待していてください!

カーボンニュートラルは「みんなが行きたい幸せな未来」

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我々の目標はカーボンニュートラルの実現です。水素はそれを達成するために必要な存在ですが、あくまで構成要素の1つであることも忘れてはいけないと思っています。水素だけで見るのではなく、他の技術の進展と常に照らし合わせながら見るべきと考えています。

例えばCCS(*2)やDAC(*3)といった技術がもっと安くなって世界中に普及したとしたら、あるいは再生可能エネルギーの使用方法に大きなブレイクスルーがあったら、など、周辺技術の進化に応じて、その使い方の最適解は変わっていくのではないでしょうか。我々もカーボンキャプチャーの技術に取り組んでいますし、テクノロジーミックスで目標を達成していかなければならないと考えています。石炭が悪いとか石油がいけないということではなく、私たちが立ち向かうべき「敵」はCO2であって、手段を狭める必要はまったくありません。

*2:Carbon dioxide Capture and Storageの略。二酸化炭素を回収・貯留する技術。

*3:Direct Air Captureの略。空気からのCO2分離回収技術。

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吉田

加えて言うと、日本は島国で、資源もあまりない。環境としては難しい土地柄ですよね。でも、だからこそ日本から発信できることがあるに違いないと僕自身は思っています。知人から聞いた話ですが、石炭やLNGを運ぶことについて、海外の方は当初「なんでわざわざそんなものを運ぶんだ?」と疑問に思ったとか。でも資源の乏しい日本はそうしなければならない。

このエネルギーを運搬するという技術をリードしてきたのが川崎重工さんであり、この技術が磨かれていった結果、世界に広がっていったと思うんです。つまり、日本の環境の苦しさが生んだ挑戦が、未来の世界を豊かにした事例と言っていいのではないでしょうか。今回の水素を運ぶというチャレンジも、川崎重工さんの歴史がつながってきた結果、必然的にそうされているんじゃないかと思っているんです。

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長谷川

先ほど申し上げたとおり当社は2010年に液化水素の輸送貯蔵技術へ本格的に着手したのですが、実は海外では「こんなものは成り立たない」「できるわけがない」と言われてきたんです。自分の土地を使って水電解で水素を作ればいいのに、なんでわざわざ輸入するんだ、と。でも、今では2022年に日豪間の海上輸送・荷役実証試験を完遂した世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」の見学希望が海外からやってくるようになりました。

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吉田

水素を運ぶという選択肢は、間違っていなかったということですね。ところで、水素社会に向けてのカギは何ですか?と訊かれると、技術の話になりがちですが、実は一番のカギは「みんながそこを目指しているか?」ということだと僕は考えているんです。カーボンニュートラルも水素も、なんとなく険しい道のりのように捉えている人が多いかもしれません。でも、目指すべきゴールが「みんなが行きたい幸せな未来なんだ」と思うことができれば、自然とそういう方向へ進みだすと思うんです。

そのためには、まずは正しく理解することがスタートラインになります。カーボンニュートラルのおもしろいところだと思っているのが、国レベルで進めなくてはいけない難しい事案であるのと同時に、小さな子供でもできることがあるという点なんです。今日はちゃんと電気を消しました、とか、リサイクルとか。それが地球にとってすごく良いことで、未来につながっているんだということを正しく知れば、「今日も僕は地球にちょっといいことをしたんだ」とうれしくなる。そういうことが積み重なったときに、社会が変わっていくのではないでしょうか。

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カーボンニュートラルや水素って、誰か頭のいい人がいきなり答えを出してくれるものではないと思うんですよね。誰かの答えを期待するのではなく、一人ひとりがどうしたらいいかと考えることが大切。正しい情報を集めて、みんなで考えて、正しい道を模索していかないと達成できないと思っています。

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八木

目指すべきはカーボンニュートラル、という目標は一緒ですが、国、地域によって「正しい道」も異なるかもしれませんね。実現の道筋も速度もそれぞれです。お互いを尊重したうえで、全員で達成できるようにしていく、というのが重要なのではないでしょうか。

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長谷川

カーボンニュートラルの実現は、まだ誰もやったことがないわけです。いまはまだ解がない状態。そして、その「解」も国や地域、文化によって違うはずです。その地域ごとにふさわしいカーボンニュートラルを提案する必要があるんですよね。

同じ情熱で、共通のゴールを目指す

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吉田

我々トヨタは水素を「つかう」のが得意な企業です。川崎重工さんに期待することは、エネルギーの選択肢を増やすために、もっと安価な水素をたくさん運んでください、ということです。

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長谷川

しっかり運んでくるので、もっと使ってください(笑)。水素はクルマだけじゃなく、いろいろなモビリティ、発電、プラントなど、さまざまな活用先がありますからね。お互いに技術を磨き合いながら、市場を作っていく活動も続けていきたいです。

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春名

今は「はこぶ」「つかう」を通してS耐で協働していますが、川崎重工さんには二輪事業もありますので、部品を共用で使うなど、もっといろいろ一緒にやれることがあるのではないかと思っています。

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カーボンニュートラルの実現に向けて、「つくる」「はこぶ」「ためる」「つかう」のバリューチェーン全体で進んでいくことが大切ですよね。いま議論し合うべきは、鶏が先か、卵が先かというようなことではありません。目指すゴールはトヨタも川崎重工さんも一緒です。同じ情熱と意欲を持ったもの同士、仲間として共にカーボンニュートラルの明日に向けて進んでいきたいですね。互いに共存する花と蜜蜂の関係のように。

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