1994年、川崎重工の欧州での開発・生産拠点第1号として事業を開始したのが、油圧機器・装置事業を手がけるKawasaki Precision Machinery (UK) Ltd.[以下、KPM(UK)]です。それから四半世紀、油圧モータ/ポンプ市場において同社は確たる地位を築いてきました。日英が手を組んでの「Joint-Growth」、これまでの道のりとこれからの展望について、当事者たちが語ります。
欧州初の開発・生産拠点。イギリスから油圧機器を世界へ
イギリスは、川崎重工にとって大きな存在であり続けています。1878年に川崎築地造船所として誕生した際も、1906年に鉄道車両の製造に乗り出した際も、鍵となったのは、ものづくり先進国だったイギリスからの技術導入でした。
川崎重工では、今もなお英国が重要な意味を持つ事業が少なくありません。精密機械・ロボットカンパニーが展開する油圧機器・装置事業も、そのひとつ。 現地法人であるKPM(UK)は1994年以来、イギリスのプリマスにおいて油圧モータや油圧ポンプなどを生産し、広く欧州以外でも販売・サービスを展開しており、2019年に事業開始から25年を迎えました。
KPM(UK)の前身は、川崎重工が1993年末に米ビッカース社から買収した油圧モータ工場です。
そこでは以前から「スタッファモータ」と呼ばれる船舶用ラジアル形ピストンモータの生産が行われており、この油圧モータの技術を川崎重工も1963年に導入して日本で同形式の製品を生産していました。こうした経緯から、KPM(UK)が設立され、翌1994年1月から操業が始まりました。
川崎重工にとってイギリス初、そしてヨーロッパ初のものづくり拠点となるため、M&Aを決断した当時の大庭 浩 社長は、「Joint-Growth(手を携えての成長)」というモットーを掲げてそのスタートを切りました。以後、スタッファモータの開発・生産は、日本で生産していた分もすべてKPM(UK)に一本化され、現在では同社を支える2本柱のひとつとなっています。
もう一方の柱は、川崎重工が日本で開発してヨーロッパなどに輸出するアキシャル形のピストンモータとポンプ。そのカスタマイズや 営業・マーケティングなどをKPM(UK)は積極的に担っています。
こうしたモータやポンプは、ヨーロッパをはじめとする世界各地で、船舶・建設・農業・産業機械などに幅広く用いられており、日英が手を携えての油圧機器・装置ビジネスは25年の歴史を経て実を結びつつあります。KPM(UK)の発足から四半世紀、「Joint-Growth」はどこまで実現してきたのか。さらにこの先、どのように進んでいくのでしょうかーーー。
KPM(UK)の主力3製品
Kawasaki流で進化する「スタッファモータ」
ロンドンから西南西に約300km。イングランド・デヴォン州の南岸に位置するプリマスは、人口26万人の港湾都市です。
1620年、ピルグリム・ファーザーズらがアメリカに渡るため、メイフラワー号で出帆した地として知られるほか、後に海軍提督となったフランシス・ドレイクの根城でもあり、現在に至るまでイギリス海軍の一大拠点となっています。産業革命期以降は貿易港として、1950年代までは造船の街として栄えました。
そのプリマスの中心部から北西に直線距離にして10kmほど、プリマス湾に注ぐテイマー川沿いの地に、約280人が働くKPM(UK)の本社・工場があります。
最初にイギリス企業によって工場が建設されたのは1950年代後半。当初は工作機械が生産されていましたが、そのメーカーを買収した別の企業が1982年に油圧ピストンモータの製造を開始しました。
このモータがラジアル形の「スタッファモータ」。開発されたのは1955年のことで、低速回転で大きなトルクが得られること、メンテナンスの必要性や故障の発生率が低く耐久性が高いことから、特に船舶向け市場で強い支持を集めました。甲板機械、オフショアウインチ、樹脂成形機やドリルリグなどが主な用途です。
その後川崎重工による買収を経て、現在はKPM(UK)がスタッファモータの開発・生産を一手に担っています。「スタッファ(Staffa)」は油圧モータのマリン(船舶)分野や産業機械分野で今もトップブランドで、KPM(UK)では2シフト体制で年間7,500台を生産しており、売上高の35%を占めています。
スタッファモータの研究・開発(R&D)チームを率いるKPM(UK) プロダクト・ディベロップメント・マネージャーのスティーブ・クラーク氏は語ります。
「最大のミッションは、現在、そして将来の船舶向けマーケットでナンバー1の地位を維持すること。スタッファは既に完成された技術をベースにした製品だと思われがちですが、一方、競争優位を保つためには新たなR&Dが不可欠です」
絶え間なく続く改良や新製品の投入に「Joint-Growth」の具体化が見てとれます。
「1960年代・70年代に開発された部品をKawasakiのものに切り換えたり、モータの検知・制御部を機械式から電子式に切り換えたり。何十年と使い続けられるスタッファならではの信頼性と、Kawasakiならではの品質と効率性、使い勝手のよさを、ひとつのモータで実現することを目指しています」(クラーク氏)
工場内の新製品テスト室では、低速回転という従来の特性を塗り替える高速回転型のスタッファモータの稼働試験も進んでいました。合成樹脂の射出成形機など、船舶向け以外の産業機器市場のニーズに応える新製品になるといいます。
日本製ポンプ/モータを現地化・最適化
スタッファモータのR&Dや生産はKPM(UK)を中核として行われ、製品がイギリスから全世界に出荷されています。
一方、KPM(UK)のもうひとつの柱であり、売上の50%超を占めるアキシャル形のピストンポンプ/モータは日本で開発され、コアパーツ(ロータリー部 品)が「Kawasaki」ブランドのもと、イギリスに輸出されています。これを出荷先に合わせて組み立て・製造することがKPM(UK)の主な役割です。
とはいえ、比較的小型でバラエティの多いアキシャル形ポンプ/モータの用途は、メインであるショベルからモバイル(ショベル以外の建設機械・農業機械)向け、産業機械と幅広く、カスタマイズやローカライゼーションのニーズも多様です。年間販売台数はショベル向けがポンプ約5,000台・モータ約3,000台、ショベル向け以外のポンプが約1万8,000台となっています。
この分野で設計を統括するKPM(UK) アプリケーション・エンジニアリング・マネージャーのジョン・グローバー氏は「カスタマーの要望を丹念に拾うこと、日本の設計部門と緊密に連絡を取り合って、要望に最大限応えることが重要です。また、ラインナップの拡充のため、新製品の導入にも取り組んでいます」と語ります。
イギリス発の「Kawasaki」ブランドで世界のカスタマーに対応
日英の設計担当、そしてイギリスの営業担当の間で、「透明性の高いナレッジ(知識)を共有」し、三者がひとつのチームとして動けること。これもまた「Joint-Growth」のひとつの姿です。
この連携について、KPM(UK)のセールス&マーケティング・シニアマネージャーであるジョン・ブート氏は次のように語ります。
「建機・農機向け分野の主要カスタマーはボルボ(スウェーデン)、JCB(イギリス)、ジョンディア(アメリカ)、ニューホランド(アメリカ)といった世界各国の大手企業ですが、そのさまざまな要求に対して、KPM(UK)のエンジニアと連携するだけでなく、日本の製品開発部門までも巻き込んで課題を解決することができる。この連携は、私たちの成長にとって大きなメリットになります」
KPM(UK)の油圧ポンプ/モータ事業が本格的に軌道に乗る契機となったのは、2000年にボルボから建機向けの大量受注を獲得したことにあります。その際の営業でも、日英の設計部門との連携が強みになったと、ブート氏は明かします。
また、KPM(UK)は「Kawasaki」ブランドを前面に押し出した宣伝広告を数年前から強化し、効果を挙げています。二輪車や高速鉄道などで世界の最先端を行く川崎重工というイメージはEU(欧州連合)やその周辺の市場でも定着しており、そのKawasakiが油圧機器でもカスタマーに適合する製品を供給してくれるという点がセールスポイントになるといいます。
Kawasaki Precision Machinery (UK) Ltd.
棲み分けと擦り合わせで求めてきた日英の最適解
イギリス発のスタッファモータ事業と、日本発の油圧ポンプ/モータ事業。2つのビジネスが別々に成り立っているようにも思われるKPM(UK)ですが、グローバー氏(油圧ポンプ/モータ部門の設計責任者)によれば、「スタッファで同じ分野を担当するスティーブ(・クラーク氏)とは毎日コミュニケーションをとっています。手がけている案件は別々ですが、営業部門や生産部門との連絡・調整などのKPM(UK)内部でのプロセスは共通ですから」
また、事業運営全般を統括するKPM(UK) オペレーション・ディレクター、マーティン・カニフ氏はこう語ります。
「油圧ポンプ/モータの生産ではスタッフは目の前にある液晶モニターだけを見れば組み付けが行えます。同様の作業指示システムの導入をスタッファモータの生産でも進めているところです」
こうした生産プロセスの高度化は、単に日本のシステムをイギリスに導入するようなレベルではありません。KPM(UK)が現在、対応に注力する「インダストリー4.0」は、IoTやAIの活用で高付加価値製品の少量・多品種・適時・高効率生産が可能になる「進化した製造業」で、実現の機運が特に高いのはドイツを中心とするヨーロッパの企業です。
「カスタマーであるヨーロッパのメーカーは、4.0に向けた変革に真剣です。私たちも、生産だけでなくオペレーション全体の業務システムの更新に取り組んでいます」(カニフ氏)
このようなKPM(UK)の対応は、日本側にもフィードバックされていくといいます。
昨年4月、KPM(UK)に経営トップとして赴任した大西正貴マネージング・ディレクターは次のように語ります。
「今も、例えば製品開発で『スタッファはUKが主、油圧ポンプ/モータは日本が主にやる』という棲み分けがありますが、担当者同士は日英で頻繁に連絡を取り合っています。イギリスと日本、それぞれに合ったやり方を追求しながら双方の擦り合わせも並行させるーーーそういう作業を継続してきたのが『Joint-Growth』を求めての25年だったのかなと。これをICTへの取り組みや人材育成、マネジメントといった面でも、さらに進めていきたいと考えています」
イギリスと川崎重工の140年
川崎重工とイギリスは、約140年前の創業当初から切っても切れない間柄でした。
いくつかの事業立ち上げ時の技術導入をはじめ、旅客機用ターボファンエンジンや船舶用ガスタービンにおけるロールス・ロイスとの協業や、1996年の川崎重工創立100周年記念行事でサッチャー首相(当時)が来日し特別講演を行うなど、さまざまなコラボレーションが行われてきました。
このような来歴を考えると、25年前に川崎重工初のヨーロッパにおける開発・生産拠点としてKPM(UK)が誕生したことも自然に思われます。
ゼネラルマネージャー
エグゼクティブ・ディレクター
これからも協力して「Joint-Growth」を続けます
KPM(UK)は2019年に、事業開始から25年を迎えました。この四半世紀は大きな変化が続いた時代でした。製品ラインナップを見ても25年前と今とでは大違い。スタッファモータだけだったところに川崎重工の油圧ポンプ/モータが加わり、スタッファのバリエーションも大いに増えています。
売上は、2009年の経済危機の際には落ち込む一方で、2010〜11年には急回復するなど、長年にわたって変動しつつ成長してきました。
こうした経験から当社は、産業機械や農機分野でのシェア拡大に向けて製品ラインアップを多様化させています。さらに主要顧客であるヨーロッパやアメリカのメーカーは「インダストリー4.0」への進化に力を注いでおり、KPM(UK)も迅速な対応が求められています。イギリスのEU離脱問題も単なるリスクではなく、好機になるという見方もありますが、変化を余儀なくされる大きな要因です。
こうした変化の時代に私たちが注力しなくてはならないのは、エンプロイー・エンゲージメントです。環境が変わっているのに人が変わらなければ、対応はできません。
私のモットーは「製品をつくるより先に人をつくれ」であり、KPM(UK)はこれまであらゆる層、あらゆる職種の従業員に研修プログラムを提供し、人材育成面での認証も取得してきました。この熱心な取り組みは、人材投資で実績のあった企業にイギリス政府などから贈られる「Investors in People」賞を受賞することができたほどです。
また、川崎重工の日本式のマネジメント文化は、エンプロイー・エンゲージメントを推進する労働環境づくりの面でプラスに働いています。長期的な視点で人を育てる文化は欧米の企業には薄いですからね。KPM(UK)が従業員に魅力的な職場を提供できていて定着率が高いのは、このマネジメント文化のおかげです。
振り返ってみると、JCBやボルボといった大手顧客とKPM(UK)との良好な関係は、Kawasakiのブランド・技術・製品があってこそのものでした。一方で、スタッファのブランド・技術・製品をKawasakiは認めてくれています。
現在のマネージング・ディレクターである大西正貴さんも、20年前にKPM(UK)が川崎重工製の油圧製品を取り扱うことになった時、エンジニアとして赴任してきていたという縁がある人。新たな変化の時代にもこのような「Joint-Growth」が続くよう、手を携えて取り組んでいきたいと思います。
プロダクト・ディベロップメント・マネージャー
アプリケーション・エンジニアリング・マネージャー
セールス&マーケティング
シニアマネージャー
オペレーションディレクター
マネージング・ディレクター